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3 食われたくないなら、食われるしかない?【1】

 ロマンス映画から出張してきたような耽美ファッション鞭男に変態呼ばわりされた。  今は米俵のように抱えられている。狼男と比べれば華奢に見えるのに、どこからそんな力が……。 「こいつは私が連れていく。おまえたちは巣に帰れ」  連れていく? どこへ?  ここに放置されれば間違いなく食い殺されるから、それよりはマシなのだろうけれど。 「ガウゥゥッ! グルルルッ!」  息を荒くした狼男は、獲物を横取りされると思って怒っている。明らかに諦めていない様子だった。 「バウ、だめ! ジェードに逆らうのはさすがにまずいよ!」  人魚が狼男の足をつかんで止めているが、狼男は完全に理性を失って暴れている。 「言葉をかけてやるだけ無駄だったか」  鞭男は獣たちを嘲笑うかのように「ふ」と息を吐いた。  ――彼の足もとから黒い霧が立ち込め、俺ごと全身を包んでいく。 (なんだ……!? 何も見えな……っ!?)  直後に空気の感じが変わり、パッと視界が開けた。  俺と鞭男だけがさっきと違う場所に立っているではないか。 「瞬間移動……した……!?」  森の中であることには変わりがないが、立派な洋館の前にいる。  鞭男の……家?  予告もなく手を離された。抱えられていた身体がどさりと地面に落ちる。 「いでっ」 「ついてこい」  振り返りもせず歩いて行く彼を追いかけるべきか、すぐには決められなかった。  今の俺に選択肢などないとしても、足がすくむ。  でも。 「助けられた……んだよな……?」  危害を加えるつもりなら、わざわざ家に招いたりしないだろう。たぶん……。  鞭男を迎え入れるように洋館の玄関扉がひとりでに開く。扉の向こうにはきらびやかなエントランスが見えた。  おそるおそる、足を踏み出して彼を追いかける。  両開きの重厚な扉を抜けると、背中側でバタンと閉まる音が聞こえた。  一戸建てがすっぽり入りそうなエントランスホール。その中央階段の前で、男はこちらを振り返って立っている。  じっと見られていた。俺の足のつま先から頭のてっぺんまでを観察する目だ。  最終的に、彼の視線は怪我をした腕に固定される。二の腕の傷から流れた血が袖まで染みて指先に滴っていた。緊張のせいかあまり痛みを感じないが、思ったより深い傷のようだ。  鞭男は一歩二歩と近づいてきて、俺の手をとった。  引き寄せられ、血のついた手の甲へ彼の唇が近づき──ちろりと舐められる。 「ひっ!?」  反射的に手を引いた。  結局、こいつも俺を食うつもりだったのか!?  彼は何食わぬ顔で味わうように唇を舐めている。狼男のように正気を失ったりは……していないみたいだ。彼らよりも強い存在みたいだし、耐性があるのかも。 「驚いたな。三百年生きて、こんなに美味い血は初めてだ」  褒められたのかもしれないが、嬉しくない。ちっとも。  凍るように冷たい金の瞳で見下ろされた。  彼の身長の迫力もあって、ヘビに睨まれたカエルの気分だ。 「た、食べないでください……」  情けない声で懇願する。  もうこれ以上は精神がもたない。家の煎餅(せんべい)布団が心から恋しかった。 「おまえのような痩せっぽちなど食うものか。──私はおまえが持つそれに用がある」 「……? もしかして、このネックレス……?」  視線から察して、ズボンのポケットにしまっていたネックレスを取り出す。今の今まで存在を忘れていた。  鞭男は神妙そうに目を細める。 「それは我が一族に代々伝わる宝物庫のものだ。私の魔力の残滓を感じるから間違いない。……持ち出した貴様の言い分を聞こうと思ってな」 「え゛」  なんだか、また別のイヤな展開になってきた気がする。  俺は盗みなんかしない。しないはずなんだけど……そもそも知らないうちに持っていたものだから、何も答えられない。  餌ルートを回避しても、犯罪者ルートってこと?  夢なら覚めてくれ。もうたくさんだ。  頭がおかしくなったなら、ちゃんと最後まで狂ってほしい。  こんな現実があるかよ。 「覚悟はいいか?」  彼の一振りで黒く艶のある鞭がしなり、落雷のような音を響かせた。  あの屈強そうな狼男が子犬のように鳴いた鞭に、打たれるのか、今から?

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