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会偶 (2)
「なんか凄かったですね、さっきのバンド」
途中思わぬ足止めを食らったが、その後目的のBAR「Strange Brew 」に到着し、テーブル席が満席だったので案内されたカウンター席に悠臣と田口は並んで座った。
「俺音楽って流行りの曲しか知らないし詳しくないけど、たまに駅前とかでギター弾いて歌ってる若い子いるじゃないですか、ああいうのとは全然違ってて、でもあんなところでフリーライブやってるってことはプロじゃないんですよね?」
「どうなんだろな、そもそも一昔前と比べてプロの線引きって曖昧だし、この辺のストリート事情知らないからわからないけどまぁ、素人の演奏じゃないな、アレは」
ついさっき聴いたギターの音が耳から離れない。不適な笑みを浮かべ、偉大な伝説のギタリストたちを彷彿とさせる様々なアクションやギターテクニックも含めて、悠臣がこんなにも心を揺さぶられたのは随分久しぶりだった。
「そのバンド、もしかしてSouthbound ?」
二人の会話を聞いていたらしいバーのマスターが悠臣たちに声を掛けてきた。
「どうですかね、たまたま通り掛かって観てただけだから、バンド名は知らないですね」
「五人編成のインストバンドで、レスポールの奴がかなり目立ってませんでした?」
「レスポール?」
音楽に詳しくないと言っていた田口はマスターの質問もいまいち理解出来ないようで代わりに悠臣が答える。
「あぁ、そうですね、そのバンドだと思います」
この界隈で他にどんなバンドが活動しているのか知らないが、あのクラスのバンドが他にもゴロゴロいるとは到底考えられない。
「あのバンドはちょっと特別で、メンバーは普段は個々に活動しててSouthboundとしての活動自体レアだし、たまたまでも観れてラッキーですよ」
「へぇ、そうなんですか」
単純に“レアもの”を見れたことに興奮している田口の横で、悠臣はそうでないと納得いかないといった様子で一杯目のメーカーズマークのロックを飲み干すとグラスをマスターに差し出しおかわりを頼んだ。
このご時世、環境さえ整っていれば東京にいなくても音楽は出来るしそれで収入を得ることも可能だろう。だけど今日のような演奏、所謂ジャムセッションはメンバーが同じ場所に揃っていなければ不可能だ。
彼らのあの余裕はバックボーンがあっての遊びの延長だからだろうか、そう考えると悠臣は軽い嫉妬の様なものを覚えたが、新たに入れて貰った強めのアルコールの芳醇な香りと共に飲み込む。
「忙しい合間を縫ってでもやりたいって感じですかね、確かに演奏からもメンバーの雰囲気からも伝わってきました。特にあのレスポールの彼なんて、あれだけ弾けたら引く手数多でしょうね」
悠臣の言葉にマスターが意味ありげに笑みを浮かべる。
「だと思うよね普通、あれだけ目立ってれば。だけどあの面子の中で今一番暇してるのは、あいつかな」
「……え?」
まさかの回答に面食らっている悠臣に満足そうなマスターが更に続ける。
「まあ、あいつと接してみれば理由はすぐわかりますよ、もうすぐ来る頃だし」
それから程なくしてバーのドアが外側から開かれる。マスターのやけに威勢の良い「いらっしゃい」の言葉に釣られて思わず振り向くと、例のレスポールのギタリストが一人で入って来た。
一席空けて田口の隣に座ると男はまず煙草に火を付ける。同時にマスターは男の前に灰皿を置き、鮮やかな手付きでビールをグラスに注ぐと男の前に差し出した。見たところ、男とマスターは一回り以上歳が離れているように思えるが、その息の合った動作から男がこの店の常連なのだとよくわかる。
「お疲れさん、路上で演るの三ヶ月ぶりくらいか?」
「おー、そんくらい経つかな〜。つーかよく知ってんね、全員揃うかわからなかったからライブ告知スタートの二時間前とかだったのに」
ビールを半分程飲んでから男はのんびりとした声で答える。ついさっきあんなキレッキレのギターを弾いていた人物とは思えない、何とも気の抜けた話し方に悠臣は思わず笑ってしまいそうだった。
「そちらのお二人が偶然通り掛かって観てたようで、ちょうどお前の話してたんだよ」
「マジっすか、あざっす」
三十歳前後かと思ったが、実はもっと若いのだろうか、男の醸し出す独特な雰囲気に戸惑いながら悠臣は軽く頭を下げる。一方で田口はそんな男の態度を全く気にしていないようだ。
「いやぁ凄いカッコ良かったです!って言っても俺音楽詳しくないから具体的な感想とか言えないですけど、とにかくカッコ良かったです!」
ここへ来る前、居酒屋でもそこそこ飲んでいたので、あまり酒が強くない田口はすでにほろ酔いだった。その上で悠臣に付き合ってバーボンウィスキーのロックなど飲むからそろそろ会話も怪しくなって来ている。明日は新幹線で帰るだけとはいえ、あまり付き合わせても悪いのでこの一杯で帰ろうかと思っていたら田口がスマホを取り出しカウンターチェアから腰を浮かせた。
「あ!嫁に電話するの忘れてました、ちょっと電話して来ます!」
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