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会偶 (4)

「青木さんて音楽好きだったんですね、五年一緒に働いてるけど全然知りませんでしたよ」 「まあ、会社ではそういう話しないからな」 「音楽好きな青木さんから見てもさっきの、南さんのバンドはやっぱり凄いんですか?」 「あぁ、そうだな。ジャムセッションってそれなりに楽器が弾けてコツさえ掴んでればそこまで敷居が高いわけじゃないけど、あそこまで余裕のあるプレイが人前で堂々と出来るのは相当な経験と音楽の知識があってこそだろうな。テクニックだけじゃない、聞き覚えのある名曲のリフの混ぜ方も絶妙だったし音色の再現度も見事だった。もちろんギターだけじゃなくてバンドのメンバー全員がそのレベルだからこそ出来ることで……」  田口に問われ、ライブの興奮を思い出した悠臣は田口のすぐ隣にそのバンドの張本人がいることも一瞬忘れてつい語ってしまった。  田口の肩越しに尚行の様子を窺うと、新しい煙草に火を付けようと咥えたまま固まってまた顔を顰めている。どうやらあの拗ねたような表情は怒っているのではなくて照れているのだとようやく察しがついた。  賞賛など慣れているだろうに、意外な反応に悠臣は興味をそそられたが、座っている並びが悪い。真ん中に座る田口にどうしても会話の主導権を握られる。 「やっぱそうなんですね〜、音楽に詳しくない俺でも良いなって思いましたもん。テレビとか出るようになったら俺きっと知り合いに自慢しまくりですよ」 「いやそれはないっすよ」  ようやく煙草に火を付けて白い煙を吐き出しながら尚行が笑う。 「何でですか?青木さんも絶賛する程のバンドなんだから売れますって。ねえマスター」 「まあ、演奏技術だけならはっきり言って今テレビに出てるようなミュージシャンにも全く引けは取らないだろうけど、本人がこれだからなぁ」  苦笑いを浮かべながらマスターはそう言った。 「売れるための音楽とか興味ないんすよ」  尚行があっさりとした口調で答え、グラスを空けて同じものをもう一杯注文したところで店の扉が開いた。 「あー!(なお)さんもう飲んでる。さっきライブ終わったとこなのに来るの早過ぎない?」  知り合いらしい男女三人は尚行を見つけると嬉しそうにそばに寄って来た。 「あ〜あ、うるさいのが来る前に飲んでさっさと帰ろうと思ってたのに」 「とか言って来るの待ってたくせに〜、あっちで飲みましょ〜」  少し前に空いていたテーブル席に移動しようと尚行の腕を引っ張る。グラスを手に立ち上がると尚行は悠臣たちに軽く頭を下げて席を離れた。  その後しばらく悠臣と田口は二人で再び取り止めもない話をしていたが、来店から一時間程経って見るからに田口が眠そうで、このままでは田口を担いでホテルに帰る羽目になりそうで仕方なく悠臣はマスターに会計を頼む。  去り際に尚行のいるテーブル席に目をやり、声を掛けるか少し迷ったが、邪険にしていた割に楽しそうに笑っていたので邪魔しないよう結局何も言わずに店を出た。  もう少し尚行と話をしてみたい気持ちもあったが、“売れるための音楽には興味ない”と言い切る理由を何となく聞きたくなくて、名残惜しいくらいで別れる方がきっと良い思い出になる。  たまたま仕事でこの街を訪れた悠臣と尚行とでは、普段生活している場所も時間も、見て来た過去も思い描く未来も、何もかもが違い過ぎる。  ただ好きな音楽が似ている、共通点があるとすれば、それだけだ。  何より尚行のような人を惹きつけるタイプの人間と関わるとろくなことがないと、悠臣は身をもって知っていた。  ――もう会うこともないだろう。  確かにその時は、そう思っていた、はずだった……。

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