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再逢 (2)

 まさか、だけど観客が何百人もいるライブじゃない、この距離で目が合っても不思議ではないが、半年近くも前に一度だけ会った男の顔なんて覚えているわけない。  せっかくの素晴らしいライブなんだ、余計なことは考えずに純粋に楽しもう、そう思い直し、悠臣は極上の演奏にただ身を委ねた。  それから約一時間後、予定より早くライブは終了した。連休前の金曜日ということもあってか、人が多く集まり過ぎてしまったようで警察からのストップがかかってしまった。  少し残念だったが、今後もまた観る機会はあるだろうと悠臣はその場をそっと離れる。少し迷ったが、この流れでBAR「Strange Brew」へ行くことにした。ここを訪れるのもあの日以来、二度目だ。今夜はテーブル席も空いていたが一人だったのでカウンター席に案内され、ひとまずビールを注文する。 「こんばんは、お久しぶりですね、今日もSouthbound観に行ってた帰りですか?」 「え、あぁ、はい」  マスターは悠臣を覚えていたようだ。驚いたが職業柄人の顔を覚えるのは得意なのだろう。 「凄いですね、結構前に一度来たきりなのに。流石というか、サービス業の鑑ですね」 「お客様を覚えるのは得意な方だけど、あなたは特に印象深かったので。お二人が帰られた後、尚が拗ねてましたよ」 「尚って、あのSouthboundのギターの?」 「はい、お仕事で遠方から来られてたの知らなくて、もう少し話してみたかったそうです。お二人というよりは、青木さんと」  名前まで覚えていたのは流石に意外だった。もしかしたら来店した客のメモなどを残しているのかもしれない。 「だとしたら光栄ですね」 「今日も出張ですか?またSouthboundのライブがある日に当たるなんてラッキーですね。今日も随分久しぶりのライブだったのに」 「ああ、それが実は……」  悠臣がそう言いかけたところで店の扉が勢いよく開かれた。入って来た男と今度こそ間違いなく目が合う。 「……やっぱりいた」  走って来たのか、少し息が上がっている。迷うことなく尚行は悠臣の隣に座り同じくビールを注文した。 「お前来るの早過ぎないか?撤収は?」 「……任せてきた」 「相変わらずやりたい放題だな」  苦笑いを浮かべながらマスターは尚行の前にビールを置く。いまいち状況を把握しきれない悠臣はどう反応していいかわからず流れに身を任せていた。  ビールを半分程一気に飲んでから大きく息を一つ吐くと尚行は覗き込むようにして悠臣の顔を見る。 「なんで何も言わずに帰るんですか、この前も、今日も」 「え?いや、邪魔しちゃ悪いかと思って」  “今日も”ということは、ライブ中、目が合ったような気がしたのは、気のせいではなかったようだ。 「邪魔とか思わねーし、今日も泊まり?明日には帰るんすか?」 「あぁ、それさっきマスターにも言おうと思ってたんだけど、俺実は転勤でこの春からこっちに住んでて……」 「え、マジで?」  尚行とマスターは一様に驚いた顔をしていたが、尚行はどことなく嬉しそうでもあった。 「ヤバ、なんだそれ。もう会えねえのかなって思ってたのが今日ライブ来てくれてるの見つけて、それだけでも嬉しかったのに、まさかのこっちに住んでるとか、想像もしてなかったんだけど」  尚行の意外な反応に戸惑いつつも嬉しく思う。それと同時に、そんな尚行に対し、関わらない方が良いと考えていたことを少し申し訳なく思った。 「ははっ、良かったな尚。けど青木さん、こいつに本気で気に入られたらそれはそれで後々大変だし、逃げるなら今のうちだよ」 「うっせえよ」  気安いやりとりをする二人が何だか羨ましくなった悠臣はまずお互いに敬語を止めるよう提案した。元々敬語で話すのが苦手な尚行は喜んでその案に乗り、年齢も悠臣の二つ下の三十一歳で世代が近いこともあり、二度目に会ったとは思えない程会話も盛り上がって急速に距離が縮まった。そして、    『逃げるなら今のうち』  その数時間後に、その言葉の意味を悠臣は身を持って知ることとなる……。
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