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再逢 (3)

     布団の感触、部屋の匂い、朝日の差し込み方、いつもとは何もかもが違う違和感で悠臣は目を覚ました。同時に猛烈な頭痛に襲われる。  ――くそっ、調子に乗って飲み過ぎた。……ここ、何処だ?  酒に酔って記憶を失くすなんて、何年振りだろう。少なくとも今の会社に中途で入社して以降は一度もない。二十代前半の頃ならまだしも、まさか三十をとうに超えてこんな失態を犯すとは、いや、逆に歳を取って酒に弱くなったということか、どちらにしても悠臣にとっては最悪な目覚めだった。  だがそれよりも今はこの状況だ。昨夜はSouthboundの路上ライブを観た後一人でバーに行き、ライブ中悠臣の姿を見かけて追いかけて来たらしい尚行と二人でしこたま飲んだ。尚行の行きつけのバーなので以前のようにひっきりなしに尚行の知り合いが来店したが昨夜はまったく取り合おうとせず、日付けが変わる頃までずっと二人で気分良く飲んで話をしていたまでは覚えている。が、それ以降の記憶が曖昧だった。  ここが何処なのか、様子を見ようと痛む頭を押さえ、体を起こそうとしてベッドに手を付いた拍子に何かに触れてはっとする。  ――何か、誰か、いる?  二日酔いの頭でも思い当たるのは一人しかいないが、それでも恐る恐る布団を捲ってまだすやすやと気持ち良さそうに寝ている尚行の顔を見て僅かにほっとした。ひとまずゆきずりの相手などでは無くて良かった。  だけどそれでも最悪な状況に変わりはない。むしろすぐ隣で寝ている尚行と自分の姿を改めて見て余計に混乱してしまった。  なにせ悠臣も尚行もお互い上半身裸で、なんなら悠臣は下着一枚で、同じベッドで一緒に寝ていたのだ。  ――なんだこれ、俺、何した?  尚行はまだ起きそうにない。とりあえず自分の家に帰って一旦冷静になろうか、そう思ったがせっかく親しくなれそうだったのに逃げるような真似をするのは忍びない。このまま一人で悶々と考えても何もわからないなら尚行に確かめるしかない。 「おい、起きろ」  気持ち良さそうに寝ているところを起こすのはなんだか申し訳なかったが、肩をゆすると尚行は迷惑そう顔を顰めた。 「……ねむい」  悠臣の手を振り払って布団を頭まで被る。こっちの動揺とは対照的な尚行の態度に段々と苛々して来て、悠臣は少し強引に布団を剥ぎ取った。 「起きろって」  よく見てみると尚行は上半身は裸だが、下はライトグレーのスウェットを履いている。 「……何だよ、悠臣今日土曜だし休みなんだろ?もうちょっと寝てりゃいーじゃん」  気怠げにようやく体を起こす。  いつの間に尚行は自分を下の名前で呼ぶようになったのか、それも悠臣は覚えていなかった。だが今の口ぶりだと尚行はどうして一緒に寝ていたのか、その経緯を知っているようだ。 「いや、あの、さぁ……」  いざ話をしようと思ったが、年上の自分が酔っ払って記憶が無いというのは、どうにも気不味い。 「……なに?あー、もしかして、覚えてない?」 「……悪い」  この会話の流れ、どう見ても安っぽいドラマや漫画によくある一夜の過ちだ。居た堪れなくなって項垂れる悠臣を見て尚行はニヤリと笑う。 「マジかよ、悠臣昨日はあんなに激しかったのに」 「……えぇ?」 「クールなタイプだと思ってたのに実は激アツで好きな音楽語りまくって店出る頃にはフラッフラで半分寝てたから悠臣の家知らねーしうちに連れて帰ったけど、家入るなり眠い暑いっつってスーツ脱いで人のベッド占領しやがるし、あ、スーツちゃんとハンガーに掛けといたから、俺って酔っ払ってても気が回るし優しいし偉いよね〜」  部屋をよく見てみると確かに悠臣のスーツが尚行の物と思われる洋服に混じってきちっとハンガーに掛けてある。   「あ、あぁ、ありがとう」  決して高いスーツではないが、昨日着ていたのは悠臣が持っているスーツの中では一番高いお気に入りのスーツだ。 「あー、っていうことは、俺酔っ払って自分で脱いで寝てた、だけ?」 「他に何があると思ってた?」  尚行は更に意地の悪そうな表情をして悠臣の反応を窺う。 「や、別に、何も」 「何にもないよ、マジで寝てただけ、もーベッド入るなり爆睡」  ――まあ、そうだよな、男同士でそう簡単に何かあってたまるか。 「俺も寝てる相手襲う趣味は無いからさ、……起きてたら話は別だけど」  そう言うや否や、尚行が子猫のように飛びかかってきた。 「……え?」  ベッドの上であっという間に悠臣は押し倒される形になる。 「起きたんなら、今からしよっか」

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