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理由 (2)

「ん?あぁ、うん。しばらく使ってなくてしまいっぱなしだったけど、なんか急に使いたくなって」 「へぇ、ずっとレスポールだと思ってた」  動画投稿サイトやバンドのSNSに上がっている動画や写真で尚行がレスポール以外のギターを弾いていた記憶は無い。 「Southboundではレスポールしか使ってないっすもんね。俺が尚さんと知り合った頃はストラトだったから、俺はいまだに尚さんといえばストラトってイメージなんすけど、まあどっちにしても最高にカッコいいのは間違いないんで、ライブでも使って欲しいですけどねぇ」 「……せっかく出してきたのに、ライブで使わないのか?」   「まあ、今のところは予定ないな」  あくまで今回のレコーディング用なのか、そもそもレスポールとストラトキャスターは同じギターという括りではあるがその見た目も本体の重量もネックの太さもの搭載しているピックアップも全く違う。これまでずっとレスポールで作ってきたSouthboundの音を変えてまでライブでストラトを使う意味は、確かにあまり無い気もする。何よりSouthboundにはもう一人ギターがいて、彼の使っているギターは常にストラトだ。  ライブでストラトを使わない理由は理解できるが、それでもストラトを弾いていた頃の尚行を知らない悠臣は、見てみなかったなと思わずにはいられない。 「美味そ〜、俺も食っていいすか?」  皿に盛り付けている作り置きの料理を見ながら啓太が目を輝かせる。 「あぁ、たいしたものじゃないけど、良かったらどうぞ」  すぐそばで再び尚行が顔を顰めた気がしたが、悠臣も啓太もそれぞれ気付かないふりをした。 「これってやっぱり全部青木さんが作ったんですか?すげぇ、料理出来る男っていいっすね」 「いや、レシピ見たら簡単に作れるのばっかで本当にたいしたものじゃないよ、俺ももともと料理得意な方じゃないし」  率先して料理を盛り付けた皿をダイニングテーブルに運んでくれている啓太が言った“やっぱり”という言葉が少し気にはなったが受け流す。 「簡単なものでも俺や、ましてや尚さんなんて絶対作れませんから。家の中も、遂には庭まで見違える程綺麗になってるし青木さん家事スキル高過ぎ」 「そんなことないよ、俺も昔は何にもしなくてよく怒られてたしな」  啓太があまりにも持ち上げて来るので気恥ずかしくなってつい自分を下げるようなことを言ってしまう。 「……誰に?」  悠臣と自分のビールを冷蔵庫から出し、悠臣の隣に座りながら尚行が尋ねる。 「あぁ、昔同棲してた元カノ、もともと高校の同級生で大学卒業してから同棲してたんだけど、それまでお互い実家暮らしだったから料理も掃除も全然出来なくてよく怒られてたよ」 「……へぇ、同棲してたんだ」 「まあ、昔の話ですよね、そういう頃もあったおかげで今の何でも出来る青木さんがいるわけで、……あ、そういえば青木さんはバンドやってないんですか?さっきも当たり前のようにストラトとかレスポールって言ってたけど」  啓太はそう早口で捲し立て急に話題を変えてきた。 「音楽は昔から好きだから勝手に覚えただけで、自分ではやってないよ。……えっと、河村くんはずっとドラム?」 「啓太でいいっすよ、俺最初はギターなんです。高校の時に軽音部入って、ドラムやるヤツいなかったからやってみたらハマって、以来ドラムです」 「あぁわかる、……軽音部とか音楽サークルのよくある話だな」 「ですかね。で、四年制の専門行ってる頃に尚さんと知り合ったんですよね」 「専門?」 「音楽の専門学校、専攻は違ったけど尚さん有名人だったんで」  尚行より二歳年下の啓太とは地元の専門学校で知り合い、今でもこうして交流が続いていると言う。  啓太を放っておくといつまでも自分でも忘れていたような尚行の専門時代の話をするので、尚行は段々と苛々してきた。 「啓太、喋り過ぎ」 「あ、すんません。コレ尚さんだけじゃなくてみんなに言われるんすよね〜」  あまり反省しているとは思えないからっとした口調で啓太が言う。尚行が音楽の専門学校に行っていたことも知らなかった悠臣は、はじめの方こそ尚行の昔話を興味津々で聞いていたが、啓太から語られる今とはかなり印象の違う尚行のエピソードに距離を感じ始めていたので少しほっとした。 「それにしても悠臣さんほんと音楽詳しいっすね。専門の頃の話すると大抵の人はよくわからないみたいで、ふーん、とか、へえ、って反応なんすけど、悠臣さん全部通じてますよね」  いくら注意しても喋るのを止める気配が無い上に当たり前のように“悠臣さん”と呼び始めたことに尚行はますます顔を顰めてはいるが、もう文句を言うのも面倒になって来た。 「いやまあ、たまたま俺でも付いていけるような内容だっただけだよ」 「いいっすね、音楽の話出来る上に料理も掃除もしてくれて、しかもイケメンで、尚さんは幸せ者ですね」  「え?」 「ハイスペックな彼氏のおかげで尚さんの生活改善までされて、俺も安心しましたよ。悠臣さんこれからも尚さんをよろしくお願いします」  啓太の意外な程に真剣な表情から、冗談で言っているわけでないことに気付き悠臣は慌てた。 「いや、彼氏って、俺と尚はそういう関係じゃないから。それに俺全然ハイスペックじゃないし、大手企業ではあるけど中途採用の平社員だし」 「隠さなくて大丈夫っすよ、尚さんのことは俺も他のバンドメンバーもみんな知ってるんで」  そう言えばバンドメンバーやバーのマスターなど、近しい人にはカミングアウトしてあると尚行が言っていたことを思い出す。だけど問題は、そこじゃない。 「あぁ、それは俺も聞いたし知ってるけど、本当にそういう関係ではないから」

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