13 / 106

理由 (3)

 困った顔で繰り返し言う悠臣を前に、今度は啓太が焦り始める。 「え、でも、こんな毎日のように通って身の回りの世話して、もう何年も前から一緒にいるかのような空気感出して、マジで付き合ってないんすか?……あ、もしかしてセフ、」 「いやそれも違うから」  啓太が遠慮なしに言いかけた単語を察して言い終わる前に悠臣は全否定した。 「尚さん!マジっすか?」  そんなに信じ難いことなのか、啓太は驚きの表情を浮かべて尚行の方を向いた。 「俺一度もそうって言った覚えないけど、お前らが勝手に勘違いしてただけで」  無表情で相変わらずののんびりとした声で答える。 「いやお前、それでも誤解されてるってわかってたんならちゃんと否定しろよ」 「だってこいつら俺が何言ってもまたまた〜、とか言って全然信じねーんだもん。いちいち否定すんのも面倒くせーし」  まわりからどう思われようがどこ吹く風の尚行に呆れつつも、今日少し話しただけでも垣間見える啓太の押しの強さからその構図は容易に想像がつき、悠臣は理解出来ないこともないと無理矢理自分を納得させる。 「……マジで、ただの世話係なんすか?」  世話係と言われ、悠臣はそういえば小学生の頃、飼育係だったなとどうでも良いことを思い出した。 「まあ、そんな感じかな。俺も一人暮らしだから飯も一人分用意するよりまとめて作った方が楽だし、掃除もあそこまでいくとやり甲斐あったよ」  今も綺麗に片付いている部屋を見渡しながら満足そうな悠臣を見て、二人の言うことは本当なのだと啓太はようやく理解出来た。   「マジかぁー!あ、なんかすみません、勝手にいろいろ言っちゃって」 「ほんとだよ、お前マジでうぜえ」 「尚、そもそもお前がちゃんとしないからだろ」  呆れた顔の悠臣に嗜められ、尚行は子供のように唇を尖らせそっぽを向く。その様子を正面から見ていた啓太は堪え切れず吹き出した。 「確かに、そういうやりとりに覚えがある。それで思い出したけど、本来の世話係の莉子さん、確かもうすぐ帰って来るんですよね?」  話題が逸れたことに安堵したが、それ以上に聞き覚えのない“莉子”という女性らしき名前に悠臣の頭には疑問符が浮かぶ。 「啓太!お前マジで喋り過ぎ、そんだけ食ったなら十分だろ、もう帰れ!」    尚行が不機嫌をあらわに語気を強め吐き捨てるように言う。 「はいはい、悠臣さんご馳走様でした、マジで美味かったっす。……あと尚さん、ベースの件は俺も誰かあたってみるけど、結局決めるのは尚さんなんで、ちゃんと考えといてくださいよ〜」  慌ただしく席を立ちながらそう言うと、啓太は自分が使った皿もそのままに逃げるように玄関へ向かい尚行の家から出て行った。 「……お前なぁ、もうちょっと言い方とか」 「あ?いつもあんなだし慣れてるって。あいつも全然堪えてなかったろ?」  確かに、去り際の啓太は怒鳴られてから行動こそ素早かったが表情は落ち着いており、臆することなく言いたいことも言ってから帰って行った。  啓太の言っていた“ベースの件”とは何だろう、それに“莉子さん”も。短時間で悠臣の知らない話題が幾つも上がってどうにももやもやしてしまう。  そんな悠臣の隣で涼しい顔をしている尚行はおもむろに立ち上がると、換気扇の下に行き煙草に火を付けた。 「やっと静かになった。啓太悪いやつじゃないんだけど騒がしいから長い時間一緒にいると鬱陶しいんだよ。まあそれでもドラムは上手いし、こっちの都合良く転がってくれるから何かと便利なんだけど」  そう言いながら悪戯な笑みを浮かべているから、あれは尚行なりの可愛がり方なのだと悠臣は理解する。 「なぁ尚、さっき啓太くんが言ってたベースの件て、何?」  聞きたいことはいろいろあったが、ひとまず一番気になる質問をぶつけた。 「……あぁ、うちのベース、もともと他のバンドと兼任だったんだけど、そっちが忙しくなって専念したいからうち辞めるって。だから新しいベース探さないといけないの」   「え?レコーディングもしてるのに?」  メンバーが抜けるということはバンドの活動も止まるはずなのに、レコーディングなんてしている場合なのだろうか。 「音源はこれまでもギターとベースは全部俺が弾いてるから。それに辞めるかもってのも結構前から言ってくれてたからいきなりなわけじゃないし、そんな驚くことでもないよ」 「そうなのか、知らなかった。……次のベースのあてはあるのか?」 「……まあ、そのうち見つかるだろ」  換気扇に向かって煙を吐きながらいつもの軽い調子で尚行は言う。  今日は初めて知ることばかりでやっぱり面白くない。けど悠臣は尚行と知り合って、親しくなってからまだ半年も経っていないのだ。専門学校時代に知り合って十年の付き合いになる啓太と張り合っても仕方がない。  それに、Southboundのメンバーではない悠臣がバンドの内情を知らないのは当然だし、尚行が何でもかんでも悠臣に話をする必要もない。  頭ではわかっているのに、いつもならたいして気にならないはずなのに、今日はやけに気になって気持ちが落ち着かなくて、聞きたいことはまだあったはずなのに悠臣はこれ以上追求するのをやめた。  Southbound程のバンドなら一緒に演りたいと言うベーシストはきっと幾らでもいるだろう。  尚行の生活をそばで見守りながらSouthboundで尚行のギターが聴けたらそれでいい。  今の悠臣にとって尚行と一緒にいる理由は、それが全てだ。
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!