14 / 110

衝突 (1)

 『そのうち見つかる 』  なんて言っておきながら、それから一ヶ月が経ってもSouthboundの新しいベースは決まらず、バンドは活動休止状態になっていた。  ベースが抜けたことはストリート界隈を中心に話題にもなっていて、やりたいと立候補してくれたベーシストは数人いたらしいが、全て尚行が断ったと言う。  ベースが決まらず焦る様子も無ければサポートを入れてまで活動する気配も無い。このままではいつまで経ってもライブが出来ない。部外者の自分がバンドの事情に口を挟むまいと我慢していた悠臣だったが、この現状にはさすがに苛々してきた。  金曜日の夜、早番で仕事を終え帰宅した尚行は、いつものように悠臣が用意した夕食を綺麗に平らげると、ソファに座っていつものようにレスポールを弾き、時折鼻歌を歌いながら煙草を燻らせている。  ――機嫌は良さそうだな、聞くなら今か。 「なぁ尚、ベースまだ決まらないのか?」  鼻歌をやめて一瞬だけ尚行は悠臣の方を見たが、すぐに目を逸らした。 「……まあね」  そしてまたギターを弾き始める。 「あれからもう一ヶ月経つし、そろそろ決めないとライブも出来ないだろ」 「決まらないんだから仕方ねーじゃん」 「啓太くんに聞いたけど、やりたいって言ってくれた人もいるんだろ?何に拘ってんのか知らないけど、多少は妥協しないとこのままじゃいつまでもライブ出来ないだろ」  その言葉にギターを弾く手を完全に止めて尚行は悠臣を睨み付ける。 「妥協ってなんだよ。俺は俺がいいと思った奴としかバンドやりたくねーし、妥協してまでやりたくない」  さっきまでご機嫌だったのに、完全に地雷を踏んでしまった自覚はあるが、だからと言って悠臣ももう引き下がれない。 「妥協って言い方は悪かったよ、けどお前だっていい加減ライブしたいだろ」 「別に、二、三ヶ月ライブしないのなんてうちのバンドじゃいつもの事だし」  ――嘘つけ、いつもライブであんなに楽しそうにギター弾いてるやつが何ヶ月もライブ出来なくて平気なわけない。  そう思うが今は必要以上に尚行を煽りたいわけではないので飲み込む。その代わりに、 「俺が観たいんだよ、お前がギター弾いてるところ」  それも紛れもない悠臣の本心だ。 「……結局ギターかよ」 「え?」  俯いて呟くように言った尚行の声は悠臣には届いていなかった。 「尚、どうした?」  俯いたまま小刻みに震えて始めた尚行を心配してそばに近寄ろうとすると、尚行は唐突に顔を上げてさっきよりも更にきつく悠臣を睨み付けた。 「なら悠臣がベース弾いてくれよ!」  尚行の叫ぶような声に驚いて悠臣は足を止めその場に立ち尽くす。 「……なんで、俺」 「全部知ってるよ。悠臣が昔バンドでベース弾いてたこと」 「……どうして」 「音楽詳しいのだって話してりゃわかる。好きってだけじゃない、楽器経験なけりゃわかるはずのないレベルの話平気でするし、なんか隠してんだろって思って何の気なしに悠臣の名前、ネットで検索してみた。……そしたら一発で見つけたよ、六年前の記事だったけど」  六年前の記事、それだけで悠臣は尚行が何を見たのか瞬時に理解する。 「そうか、なら、俺がなんでベース辞めたのかも、知ってるんだな」 「……あぁ、……ジストニアだろ」 「ジストニアが何か知ってて、お前は俺にベース弾けって、本気で言ってるのか?」 「……うん」  尚行がそんな質の悪い冗談を言う男ではないと、短い付き合いながら悠臣はちゃんと理解している。 「悪いけど、無理だよ。つーか、それ以前に俺バンド抜けてから一度もベース弾いてないし、そんなんでSouthboundのレベルに見合うベースが弾けるわけない」 「見合ってるとかそんなんどうでもいい、俺は悠臣がいい。……本当は、悠臣の方からベース弾きたいって言ってくれる待ってたけど、もう限界、もうこれ以上待てない」   「なんでだよ、俺の何を買ってくれてるのか知らないけど、弾ける保証のない俺より、確実に弾けるってわかってる他の誰かを入れる方がバンドにとっては絶対いいだろ」 「だから弾けるとか弾けないとかそんなのどうでもいいんだよ」 「だからそれがなんでなんだよ」  ソファから立ち上がり悠臣に詰め寄ってきた尚行に胸ぐらを掴まれ引き寄せられる、と同時に尚行が顔を寄せ、二人の唇が重なってすぐに離れた。 「好きだからに決まってんだろ!」

ともだちにシェアしよう!