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衝突 (2)
「……な、」
何が何を、と言いかけてこの状況でそんなことを言えば更に逆上されるのは目に見えている。
「……悠臣がそばにいてくれて、一緒に飯食ったり、たまにはどっか出掛けたり、そんなんでいいって思ってた。でもやっぱ無理。悠臣が好き。三十過ぎてセックスするだけが恋愛じゃないって思うようにしてたけど、好きだから悠臣に触りたいし、キスしたいしセックスもしたい。……悠臣にその気がないのはわかってたし、もうちょっと様子見るつもりだったけど、もうやめた。絶対落とす!」
「いやちょっと待て、お前、いつから……」
「去年の十一月だっけ、初めて会った時から見た目タイプだったし、二回目に会った時酒飲ませて酔わせて家に連れ込んだ頃はぶっちゃけセフレでもいいって思ってた」
あれ、計画的に連れ込まれてたのか。
「でも俺がゲイってわかっても態度変わらないどころか部屋綺麗にしてくれて飯食わせてくれて朝も起こしてくれて、しかも音楽の趣味も合うし、そんなん好きになるなっつー方が無理だろ」
「でも尚、俺最初に言ったよな、恋愛の対象は異性で同性に恋愛感情を持ったことないって」
「そんなのこれまで同性を好きになったことが無いだけでこれから好きになる可能性だってあるだろ、俺が惚れさせりゃいいだけだし」
「惚れ……」
「だいたいそういう相手がいるって最初に言ってたの、アレどうせ嘘だろ。三日と開けずにうち来て俺と飯食って、土日もたいていうちでなんかしてるくせにいつ女と会ってんだよ」
言われて思い出した。初めて尚行の部屋に泊まった日の朝、尚行の誘いをかわすために適当についた嘘。その後に見た部屋の惨状があまりにも酷過ぎて悠臣の意識からはすっかりその設定が抜け落ちていたが、尚行は覚えていて、しかもそれが嘘だとちゃんと見抜いた上で泳がされていたとは。
「……それは、まあ」
「それに俺あの日、このままで終わるつもりないから、覚えとけっつったよな。なのに何食わぬ顔で次の日からも毎日のように来るし」
「は?え、あれって、バンドのことじゃ」
「あの流れでなんでそう思うんだよ」
「いや、そういう流れだったろ」
お互いの頭に疑問符が浮かんでいるのがわかる。
「つーかそんな前のこともう忘れてるし、だから今度こそマジで覚悟しろよ」
悠臣を睨みつけるようにして尚行が宣言する。
えらく喧嘩腰だが、これって一応、いや間違いなく告白されてるんだよな、そんなことを思いながら、それならばちゃんと真剣に考えて答えを出さないといけない。
「……尚、あの、俺は」
「やめろ!まだ言わなくていい!」
神妙な面持ちの悠臣を前に尚行は珍しく動揺を隠せない。
「いや、でも……」
「今はまだ無理だって、今のところ悠臣が好きなのは俺のギターだけだってことくらい俺だってわかってる。だけど諦めるつもりもないからそういうつもりで俺のことちゃんと見て欲しい。……でも、出来れば今はこれまで通り、一緒にいて欲しい」
「……尚」
「あぁもう!こんな話今するつもり無かったのに、それよりどうすんだよ!」
「どうするって、何を」
「だから!」
少しおとなしくなったと思った尚行が再び苛々して来たその時、来客を告げるインターホンの音が二人の耳に届いた。
「ベース弾いてって話、悠臣本当はまだベースに未練あるんだろ」
一瞬黙ったがインターホンの音を無視して尚行は無理矢理話を続けようとする。
「……いや、誰か来たけど」
悠臣がそう言うとまたインターホンが鳴った。
「知らねーよ、今それどころじゃない!」
尚行は午後九時過ぎの来客を完全に無視すると決めたらしい。だが来訪者も諦める気はないようで執拗にインターホンを鳴らし始めた。これには流石の尚行も耐えかねたようで盛大な舌打ちをしてから玄関へと向かう。
リビングで一人になった悠臣は大きなため息を一つついてから飲みかけだった缶ビールを手に取るが、この状況でこれ以上アルコールを接種する気になれず、水でも飲んで少し落ち着こうかと思ったのも束の間、玄関から聞こえて来た怒鳴りあうのような声に驚いて様子を見に行くことにした。
「なんでいんだよ!」
「これから行くって何回も連絡入れたでしょ!」
相手が女性の声だとわかり悠臣は思わず足を止める。
「知らねーよ!」
「ああそうでしょうね!電話もLINEも全部無視だったもんね」
「家帰ってからスマホ一回も見てねーわ、つーか何の用だよ」
「とりあえず話は家入ってから、そこどいて」
「ふざけんな!入れねーよ」
「はあ?あんたに拒否権なんて無いわよ!」
「ちょっと待て、莉子!」
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