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歪み (6)

「……毎日じゃねぇし」  それでも三日に一回、たまには連日呼び出して世話になっている自覚は十分にあるのでそれ以上強くは言い返せない。 「どのくらい弾けるのか自分で見極めたいからひとまず一ヶ月くれって、その間集中したいからって平日は来てない。土日に来て作り置きとかしてくれてるけど、俺が仕事の時間だから、二週間会ってない」  それが悠臣の出したもう一つの条件だった。 「あーそれで尚さん急いで来た割に苛々してたのか」 「……うるせぇよ」 「まぁ、どっちにしたって待つしかないですね。一旦期限を決めてるのは賢いやり方だと思いますよ」  根性論だけでどうにかなる問題では無い。ずるずる引き延ばして結局上手く行かなかった場合のダメージは想像するよりはるかに重いだろう。  それに、悠臣と悟の会話を聞いていた歩には、他にも気になることがあった。ただ、それを今尚行に説明するにはあまりにも断片的な情報ばかりで難しい。憶測だけで話をしていつもより苛々している尚行をこれ以上刺激するのは良くない気もする。  必要ならばいずれ悠臣自身が尚行に話すだろう。悠臣の人となりは知らないが、尚行がこの短期間でここまで心を許している時点でひとまず信頼は置けそうだ。  だけど、いつもやられっぱなしの尚行にここぞとばかりに仕返しをしたい気持ちも歩は抑えられない。 「そういえばあの二人、大学の頃の一緒にバンド組んでたみたいで、うちのバンドの話がダメになったら一緒にやろうって誘われてましたよ」   「……は?」 「一緒にいた人、青木さんがベース辞めてからずっと気になってたけど言えなかったみたいで、尚さんに先越された、とか言って悔しがってました。大学の頃スタジオ入って一緒にハービー・ハンコックとかファンカデリックとか演ってたって、そういうの俺も覚えがあるし案外一番楽しかった頃の記憶として後になって思い出したりするんですよねぇ〜」  歩が隣の様子を窺うと、尚行は不機嫌をあらわに眉間に皺を寄せている。 「クソ、ふざけんなよ」  あまり見たことのない尚行の余裕の無い表情に歩は満足気だ。 「まあでも、青木さんはあのお友達と今は一緒にやる気は無いみたいだし、どうにかして尚さんの気持ちに応えたい、みたいなことも言ってましたけど」  尚行が目を丸くして歩を見ると笑いを堪え切れず肩まで震わせていて揶揄われていたのだと気が付く。 「お前なぁ」 「すみません、でもいいじゃないですか、ちゃんと考えてくれてるみたいだし」  尚行に睨み付けられて歩は怒られる前に謝った。いつもならそこに罵詈雑言を容赦なく浴びせて来るものだが、尚行は不機嫌な顔のまま黙って煙草をふかしている。そんな尚行の様子を見て、予想より既に状況はあまり良くない方向に進んでいるように思えて歩は不安を感じる。  だけど、今はただ、見守ることしか出来そうにない。 「今日は俺がとことん付き合いますから、あんまり無茶しないでくださいね」 「……あぁ」  歩の気遣いに内心感謝すると共に、この二週間で自分がどれ程不安定になっていたのかを尚行は思い知らされた。  一目でも良いから会いたかった。  だけど、一目見て後悔した。  自分に向けられた明らかに気まずそうな表情。あんな顔をさせたかったわけじゃない。  無理を言っているのはわかっている。悠臣の秘密を知ってしまってからずっと考えていた。そしてどうしても諦められなかった身勝手な期待を、一番最悪な形でぶつけてしまった。  それでももう後には引けない。  ベースも、悠臣への気持ちも……。

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