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迷走 (2)
それから二日後の日曜日の午後七時過ぎ、作り置き用のおかずを冷蔵庫に入れて、使った調理道具の片付けも全て終わり、悠臣が帰ろうとしたところで玄関の引き戸の開く音がして思わず身構える。気まずさはまだ拭えないが、かと言って隠れるわけにもいかないので心を決めて玄関へと向かった。
「おかえり、早かったな」
「……今日シフト変わったから」
先月の末に聞いていたシフトでは今日は遅番の予定だったからこの時間でも鉢合わせする心配は無いと思っていたのに、シフトの変更までは考慮していなかった。
悠臣のすぐそばを通り過ぎてリビングに入り、ソファに仕事用のバッグを置くと尚行は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「あんまり時間なくてたくさんは作れなかったけど数日は持つと思うし、インスタント物とかも適当に買っといたから、後は自分で買うなりしてちゃんと食べろよ」
「……ガキじゃねぇんだからそれくらいするって」
目を合わさずに尚行はそう返事をした。
「まぁそうだな、部屋も思ったより綺麗にしてたみたいだし」
少し前なら三日悠臣が来ないだけで部屋が荒れていたのに、寝室のベッドの上に脱いだ服がそのまま置かれていたくらいでリビングは全く散らかっていなかった。
「昨日の夜莉子が来てたし、……つーか、こういうのいいから」
「……え?」
「だから、掃除とか飯作ったりとか、そんなんしなくていいから、今は他に優先することあんだろ」
尚行は相変わらず悠臣の方を見ようとしない。そんな尚行を無言でじっと見つめてから悠臣は気付かれないよう小さくため息をこぼした。
「……そうか、まあそうだよな。俺と知り合うまではなんだかんだ自分でやれてたんだし、おまえは元々地元で知り合いも多いし、世話焼いてくれる身内もいるなら、いつまでも俺がやる必要も理由も、別に無いよな」
悠臣の言葉を聞いて尚行は慌てて顔を上げると、悠臣はやけに寂しそうな表情を浮かべてその場に立ち尽くしている。
「ちが、そういうことじゃなくて」
「おまえが言いたいことはだいたいわかるよ、……でも、そういうことだろ」
そのまま玄関に向かう悠臣を尚行は慌てて追いかけた。言いたいことも言わなければいけないこともたくさんあるはずなのに、何も言葉が出てこない。
「約束通りおまえもちゃんとやってるんだから、俺もやれるだけのことはやるよ。それでどうするか返事は必ずする、……けど、あんまり期待はしないでいてほしい」
「……悠臣」
今にも泣き出しそうな子供のような尚行の表情を前に、僅かに胸が痛む。
「……じゃあな」
靴を履き、逃げるように悠臣は家を出た。
らしくない棘のある突き放すような言動。頭ではわかっていても、悠臣には尚行に言われた言葉が拒絶に聞こえてしまった。
いつもなら尚行の言葉足らずの発言など軽く受け流せるのに、どうしても出来なかった。
焦りと苛立ちばかりが募り、自分が思っていた以上に追い込まれていたのだと気が付く。
「こんなはずじゃなかったのにな」
そして、それはきっと尚行も同じ思いだろう。
約束の期限は一週間後の日曜日。
それが過ぎれば、何事も無かったかのようにまた一緒に食事をしたり、酒を飲みながら好きな音楽の話をしたり、以前のような関係に簡単に戻ることが、果たして出来るだろうか……。
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