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迷走 (3)

   先週からの不調を引き摺り今週も残業三昧。それでも悠臣はあえて今週はコンビニ弁当をやめて自炊をした。ベースの練習もきっちり時間を決めて基礎練習とSouthboundの曲を一曲通しで弾く。指に違和感を感じたら一旦練習を止める。  最後の一週間は徹底してそれを貫いた。  宣言通り、やれるだけのことはやったつもりだ。  土曜日の夕方、約束の日を明日に控え、なるべくいつも通り過ごそうと悠臣は近所のスーパーへ歩いて出かけた。 「ほんとに近所に住んでるですね」  駐車場を抜けて店内に入ろうとしたところで、真後ろから聴こえた聞き覚えのある女性の声に驚いて振り返る。 「あれ、尚の……」  声の主は尚行の双子の姉、莉子だった。 「買い物、尚のためなら、今日はあいつ仕事の後啓太とごはん行くって言ってたから、必要無いと思いますよ」 「あぁ、今日は自分の分買いに来ただけだから」  尚行が自分との関係をどこまでどう話しているのかいまいちわからず、誤解を招かぬよう言葉少なに返事をする。 「そうですか、ならこの後って、特に予定はないんですか?」 「え?まあ、特には」  神妙な面持ちで問われた莉子の言葉の意図をはかりかねて悠臣は曖昧に濁した。 「じゃあ、今からちょっと、付き合って貰えます?」 「……え?」  唐突な展開に戸惑いながらも、尚行と同様、いや尚行以上に鋭い莉子の眼差しを前に、悠臣はとてもじゃないがノーとは言えなかった。  スーパーで適当に食材を買ったらすぐに帰るつもりだったのに、スーパーからほど近い喫茶店で何故か尚行の双子の姉である莉子と向かい合って座っている。そんな状況を客観的に見ると不思議で仕方ないのだが、それよりも近所にこんな喫茶店があったのかと悠臣は密かに感激していた。昔ながらの所謂純喫茶で、木の温もりが感じられる落ち着いた雰囲気の店内にサラ・ヴォーンの力強くも美しいビブラートが響き渡っている。    ――土日の朝、尚を起こしに行った後一人でのんびり過ごすのに丁度良さそうだな。  そんなことをつい考えてしまうが、目の前に座る莉子から放たれるピリピリとした空気に触れてふと冷静になる。  あたりまえのようにあったはずの日常をこの先もあたりまえに送れるかどうか、今は全くわからない。  思わずため息が漏れそうになったがなんとか堪え改めて莉子の方を向く。注文したブレンドコーヒーがテーブルに置かれて暫く経っているが手を付けず、莉子は真顔で押し黙ったままだ。いい加減沈黙に耐えかねた悠臣がコーヒーに手を伸ばし一口飲んでから口を開く。 「えっと、何か、俺と話したいことでも?」

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