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迷走 (4)
悠臣の言葉に顔を上げ、ゆっくりとした仕草で悠臣を一瞥してから莉子もようやくコーヒーを一口飲む。
「すみません、聞きたいことがあり過ぎて、何から話せばよいのか、考え込んでました」
気まずそうに顔を顰めるところ、尚行とそっくりだ。初めて会った時の、尚行と激しい言い争いをしていた印象が強烈過ぎたが、尚行よりは案外常識的なタイプなのかもしれない。
それにしてもそんなに悩む程何の話をしたいのだろうか、悠臣は皆目見当も付かない。
「そもそも、俺のことは尚からどんなふうに聞いてるんですか?」
「通りすがりに尚のやってるバンド観たのきっかけに知り合った趣味の合う友人だと、時々家に食事作ったり掃除しに来てくれてる、とまぁそんな感じで」
「あぁ、そんな感じですね」
流石の尚行でも実の姉弟にそれ以上の説明はしないか、少し安心して悠臣は再びコーヒーを口に含む。
「それから、尚の好きな人」
真顔で付け加えられた一言に、思わず口に含んだばかりのコーヒーを吹き出しそうになった。
「……あいつが、そう言ったんですか?」
恋愛話まで軽々しくする程仲良しには見えなかったので意外だ。
「言わなくても見てればわかります。尚の好みも、だいたいわかってるし」
「……そう」
それ以上どう返して良いのかわからず悠臣は押し黙る。
「あとは、……元ミュージシャン」
莉子は先日の尚行と悠臣のやりとりを聞いていただろうから、その後そんな会話の流れになっても別に不思議ではなかったが、“ミュージシャン”と口にする時、莉子の表情が一瞬険しくなったのを悠臣は見逃さなかった。
「青木さんが昔どんな音楽をやってたとか、今は何をしているとか、詳しい話は何も知りません。……それで、あえてお聞きしますけど、青木さん、是永瑛士 というギタリスト、知ってますか?」
「是永瑛士?……いや、知らないかな、どっかのバンドのギタリスト?」
急に莉子の口から告げられた是永瑛士という名前を記憶のあちこちから探してみたが、名前だけではどうにも思い当たらない。出来ればもう少しヒントが欲しい。
「自分のバンドはやってなかったみたいです。私、尚と違ってあんまり音楽詳しくないからよくわかってないんですけど、スタジオミュージシャン?ってやつらしくて」
「あーなるほど、んーでも、やっぱ聞いたことない、かな」
「……そうですか」
莉子はがっかりしたようなほっとしたような、複雑な表情を浮かべている。
「なんか、わけあり?……その人に会いたい、とか」
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