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迷走 (6)

「あいつはきっと自分から俺に昔の話はしてくれない。だから、もし良ければ聞かせて貰えないかな?尚の過去を」  遠慮がちに悠臣がそう告げると、莉子は困った顔をする。 「やっぱ、本人のいないところで勝手に話すのは気が引ける?」 「……そうですね、でも中途半端に話をしたのは私だし、それに私は尚が東京に行ってた頃のことはそばで見てないから知らなくて、尚がこっちに帰って来てから聞いて知ってるだけで詳しくは知らないんです。……それでも良かったら」  眉根を寄せて、だけどどこか救いを求めるかのような目で訴えかけてくる。尚行本人のみならず莉子にまでいまだに影響を及ぼす程の尚行の過去とは何なのか、悠臣は固唾を飲んで莉子の言葉を待った。  コーヒーを口に含み、一息ついてから莉子はゆっくりと口を開く。 「尚がその是永瑛士という人と出会ったのは、尚が音楽の専門学校に通ってた当時、私たちが二十一歳の頃でした。臨時講師として一時的に学校に来てた時に知り合って親しくなったそうです」  尚行は当時音楽の専門学校ではプレイヤー専攻では無く、主に音響を学んでいたと言う。意外ではあったが尚行の自宅に揃えられてある機材やSouthboundの音源を聴けばそれも納得出来る。  二人が親しくなった経緯を尚行はあまり話したがらなかったから莉子は詳しくは知らないそうだが、音楽が好きな者同士が音楽を通じて急速に距離を縮めるなんて良くある話だ。それこそ、尚行と悠臣のように。  やがて講師と生徒という枠を超えて二人は深い関係となり、当時莉子も一度だけ会ったことがあるという穏やかで優しくて包容力のある是永の大人の魅力に、尚行はすっかり夢中になっていたと言う。  尚行と是永の関係は何となく予想が付いていたのでさほど驚きはなかったが、悠臣の知る尚行より十歳も年若く、きっと今よりもいろいろと経験も浅かったはずの尚行が是永という男にどうやって甘えていたのか、気まぐれにほんの少し想像しただけでやけに胸がむかむかしたが、そんな自分を誤魔化そうと悠臣は莉子の話に集中した。 「臨時講師の期間が終わって、元のスタジオミュージシャンの仕事に戻る頃、尚はその人の仕事を手伝うようになってて、それから卒業を待たず学校も辞めて、その人について東京に行ってしまって」  当時のことを今でも後悔しているのか、莉子は顔を顰め唇を噛み締めている。
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