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迷走 (8)
「だからもう大丈夫かなって、私も安心して仕事の関係で二年程海外に行っててつい最近帰ってきたんですけど、まさかその間にこんなことになってるなんて……」
「こんなこと?」
ここまでずっと黙って話を聞いていた悠臣が久しぶりに口を開くと、何故か莉子に軽く睨み付けられ思わずたじろぐ。
「尚は地元に戻って元気になってからはたまに遊んではいたけど、本気の恋愛はもうしないって、ずっと言ってました。……なのに、私のいない間によりにもよってあなたみたいな人が現れるなんて」
「……俺?」
「他に誰がいるんですか」
莉子の悠臣を見る目付きが更に険しくなる。
「でも、俺と尚は……」
付き合ってはいない、だけど尚行に想いを寄せられているのは確かなので何でもないとは言えなかった。
「年上で穏やかで面倒見が良くて包容力があってしかも元ミュージシャンで。……青木さんがあの人とは違うって私だって頭ではわかってるけど、あなたみたいなタイプに尚が弱いのも知ってるから、どうしても警戒してしまうんです」
もう三十を過ぎた大人の、しかも男姉弟に対してはたから見ると多少過保護ともとれなくもないが、そうならざるを得ない程に当時の尚行は荒んでいたのかもしれない。だとすれば自分に向けられる莉子の不躾なまでの鋭い眼差しも、まあ仕方が無いのかもと悠臣は無理矢理自分を納得させる。
「でもちょっと前に啓太とも少し話をして、適当そうに見えるけど啓太はあれで人を見る目は確かな方だから、そんな啓太が大丈夫だって言うなら私ももう少し様子を見ようと、思ってたんですけど、結局こんなことして、勝手に尚の過去も話してしまって……」
後悔からか莉子の表情がみるみる曇っていく。
「いやそれは、俺が話してほしいって無理にお願いしたからで、えっと、莉子さんは全然悪くないから」
「それ!そういうところ!」
しおらしくなっていたのも束の間、また睨み付けられる。
「そういう何を言っても何をやっても最終的には全部許してくれそうなところ!そういうのに尚は弱いんですよ、それわかっててやってるんですか?」
「いやまさか……」
そんなところに文句をつけられるとは思ってもいなかった。どう返して良いかわからずあたふたしている悠臣を見て、莉子はふっと口角を上げて笑った。
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