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迷走 (9)

「ごめんなさい、変な言い掛かりつけられていい迷惑ですよね」  初めて見た莉子の笑った顔が改めて尚行にそっくりで、悠臣は思わずまじまじと見つめてしまった。  初対面の日はほぼ挨拶のみで、会うのは二度目とは言えまともに会話するのは今日が初めてだが、莉子は怒ったり泣きそうになったり落ち込んだり笑ったり、短い時間の中でコロコロと表情を変えてとても忙しそうだ。いつもこんなに感情の起伏が激しいのだろうか、それとも尚行が絡むとこうなるのか。どちらにしても悠臣にはそんな莉子と尚行という双子の姉弟が微笑ましく思えた。 「俺は別に気にしてないから大丈夫。それより、仲良いんですね二人、尚の家で初めて会った時、そこそこ激しい言い争いしてたから、ちょっと意外でした」  悠臣がそう言うと莉子は僅かに頬を赤らめ気まずそうに俯く。 「あの時は本当にすみませんでした。仲良いというか、周りから言われるし自分でもわかってるんですけど、もういい年の双子の弟に対して過保護すぎますよね。……尚が掃除とか苦手なのも昔から全部私が先回りしてやっちゃうせいだし、うちの両親にもよくそれで怒られました、自分でやらせなさいって。……でもつい心配になっていまだに手も口も出しちゃう」  それこそ叱られた子供のようにしゅんと項垂れる莉子の姿に思わず悠臣の口角も緩む。   「良くないってわかっててもつい甘やかしてしまうのは俺もそうだし、その気持ちわかるよ。尚もあれで結構甘え上手なところあるし」 「そうなんですよ、ずるいんですよ」 「尚って昔からあんな感じ?」 「そうですね、小さい頃はもっと単純に可愛かったけど」  尚行と莉子の小さい頃の思い出話になると、先程までとは打って変わっていきいきと話してくれた。そんな様子から実は本当に仲の良い姉弟なのだと改めて窺い知れる。その上啓太のような後輩にもずっと慕われていて、行きつけのバーではいつも誰かに必ずといって良い程声を掛けられるし、改めて尚行は周りの人に恵まれているなと、悠臣は少し羨ましく思った。  だけどそのおかげで尚行は道を大きく逸れることなく、今でも音楽を続けてくれていたから悠臣は尚行と出会えた。  そしてそんな尚行が奏でる音に悠臣は引きつけられ、救われた。

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