32 / 110

迷走 (10)

「すみません、長々と喋っちゃって」  約十分程の間莉子はずっと尚行の話をしていたが、会話が途切れたタイミングで少し冷静になったのか照れくさそうにはにかむ。 「全然、面白い話いっぱい聞けて良かったよ」 「青木さんて聞き上手ですね、つい余計なことまで喋っちゃう。尚が懐くのもわかるな」 「そう?あんまり言われたことないけど」  それでも思い返せば元カノも大学の頃の友人も本社時代の同僚も、何故か周りはよく喋る人が多かったせいか聞き役に回ることは多かった。だけど尚行がよく喋るという印象は正直あまり無い。 「私や啓太がおしゃべりでうんざりしてるから尚は年上の穏やかな人が好みなんだと思います。言葉足らずな尚の話をちゃんと聞いて理解してくれる人」  それに関しては身に覚えがある。伝えたいことがうまく言えなくても悠臣が先読みして理解してくれると尚行は驚きながらも凄く嬉しそうにしていた。  わかっていたのに、不用意に傷付け突き放してしまった先週のやりとりを思い出してまた胸が痛む。 「あ、もうこんな時間」  莉子につられて悠臣もスマートフォンで時間を確認すると喫茶店に入ってから小一時間が経とうとしていた。 「そろそろ出ようか」  コーヒー一杯でこれ以上居座っては店側にも迷惑だろう。悠臣はカップの底に残っていたコーヒーを全て飲み干す。 「あの、すみません、最後にもう一つだけ……」  まだ話したいことがあったのか、莉子が少々慌てた様子で申し訳なさそうに口を開いた。 「なに?尚のこと?」 「いえ、青木さんのことで」 「俺?」 「はい、あの、さっき私、青木さんが昔どんな音楽やってたとか今はどうしてるのかとか知らないって言いましたけど、音楽を辞めた理由が、その、……ジストニアだと、初めてお会いした日に尚から聞いて、それでずっと気になってて」 「あぁ、そうなんだ」 「それなのに尚は青木さんにバンドでベース弾いてなんて無茶なお願いしたって、あいつの我儘で振り回してしまって本当にすみません」  悠臣がSouthboundのベースに挑戦することはまだ誰にも言わない約束だったが、莉子と初めて会った日のあの流れなら仕方なかったのだろう。それにその後悠臣と莉子が二人で会って話をするなんて、本人たちでも完全に想定外だった。 「最初は確かにとんでもないこと言うなって思ったけど、ジストニアが何か、尚も理解した上で言ってるの俺もちゃんとわかってるし、今は逆に自分自身と向き合う良いきっかけ貰ったと思ってるよ」

ともだちにシェアしよう!