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迷走 (12)
悠臣の言葉を否定しなかったので、本来なら悠臣の予想通り数ヶ月先まで予約が埋まっているのだろう。それでも「何とかなる」と言える程、莉子とその佐橋鍼灸接骨院の関係性は深く良好なのだと窺い知れる。
「ご存じだと思いますが、ジストニアは原因不明で治療法も確立されていません。なので医者という立場からも推奨しているわけではなくて、あくまで興味があれば、なのであまり重くは捉えないでください」
控えめな笑みを浮かべてそう言うと莉子もコーヒーを飲み干した。
「ありがとう、考えておくよ。……でも、何でそこまで親切にしてくれるの?尚に頼まれた?」
莉子のいない間に尚行のテリトリー内に勝手に侵入してきた怪しい奴、と警戒されているとばかり思っていたのに、好意的とも思える提案に戸惑いを隠せない。
「いえ、佐橋鍼灸接骨院のことは尚も勿論知ってますが、そこでどんな治療を行っているとか尚は興味無くて全然知らないので、完全に私の独断です。医者の端くれとして気になったもので、なので本当に余計なお世話ならさっきの話は忘れてください。……それでも、」
一度言葉を区切り、一呼吸置いてから続ける。
「もしそれで青木さんがベースを弾けるようになれば尚は喜ぶだろうし、……私はやっぱり尚には笑っていて欲しいので」
莉子の慈愛に満ちた穏やかな表情と言葉に、悠臣ははっとした。
――そうだよな、俺だって本当は……。
悲しませるためにベースの件を引き受けたわけじゃない。なのにこの一ヶ月、悠臣は尚行の寂しげな表情しか見ていない。
「あ、ごめんなさい、電話が……、啓太?」
バッグからスマホを取り出して着信が啓太からだとわかると怪訝な顔をしながらも電話に出た。
「え?ちょっと啓太落ち着いて!何て?」
電話の向こうで何やら慌てた様子の啓太の声が漏れて来て悠臣の耳にも微かに届いた。何事だろうと静かに見守っていると莉子の顔が次第に青ざめて行く。
そして、目を見開き、声を振るわせながら呟くように言った。
「え、……尚が、倒れた?」
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