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悔悟 (2)

 そう言って慌ただしく莉子と啓太が尚行のいる寝室へ入って行く間、悠臣は所在なさげにその場に立ち尽くしていた。  何度も訪れている、しかも自分が綺麗に整理整頓したはずのリビングが、何故だかいつもとはまるで違って見える。しかも初対面の歩と二人取り残され、どう対応して良いかわからず、悠臣は目に見えて動揺していた。  するとそんな悠臣の緊張を感じ取った歩が少し気まずそうに口を開く。 「青木さん、でしたよね?」 「え、はい、そうです」  歩が自分を知っていることに驚いたが何とか平静を装った。 「俺Southboundでキーボード弾いてます、小野塚歩です」 「あぁ、……え?……そうなんだ」  悠臣の記憶にあるSouthboundのキーボードといえば常に目深なハットと夜でもサングラスを着用しているため、自己紹介されても目の前の端正な顔立ちの若い男とは上手く重ならない。 「先に謝っときます。青木さん、二週間位前にStrange Brewに居ましたよね?俺あの日、最初青木さんの真後ろの席に座ってて、青木さんたちの会話全部盗み聞きしちゃってました。本当にすみません」  やや早口でそう言うと歩は潔く頭を下げた。 「そうなんだ、あんなところで話してる俺も迂闊だったし、でも別に聞かれて困るような話でもなかったから、わざわざ謝る必要なんてないよ」  あの時悟と話していた内容が歩を通して尚行に伝わったとして、そんなことは今更もう、どうでも良かった。 「……大丈夫ですか?」   「え?」  顔を上げると心配そうに自分を見つめる歩と目が合う。 「顔色悪いですよ、尚さんに続いて青木さんまで倒れそう、ひとまず座って下さい」  そう言うと歩はダイニングテーブルの椅子を引いて悠臣に座るよう促す。そこまでしてもらって断る理由もないので悠臣は大人しく椅子に座った。更に歩はそのままコーヒーまで入れてくれようとしている。  尚行を起こしに来た朝など、いつも悠臣が使っているコーヒーメーカーを慣れた手付きで操作する歩を見ているとやけに胸がざわついて落ち着かず思わず目を逸らす。  ――何で俺、こんなことくらいで……。  悠臣は歩に気付かれないように小さくため息をこぼした。

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