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悔悟 (4)
「はい、この前の、盗み聞きしてた俺の印象では、青木さんにはまだ、尚さんに話してない何かがあるのかなって思いました。それを話したからってどうにかなるとか無責任なことは言えませんけど、少なくとも尚さんには青木さんのこと全部受け止める覚悟はあると思います。あんな無理を言うくらいには」
ジストニアが原因でベースを辞めた人間にベースを弾けと、尚行は決して軽い気持ちで言ったわけではないと、悠臣も歩もわかっている。
「覚悟はあるけど、青木さんが側にいない状態で、青木さんが今何を思っているかわからなくて一人でどんどん悪い方に考えてしまったんでしょうね」
歩に言われ悠臣はまた先週のやりとりを思い出す。自分の余裕の無さから不用意に尚行を傷付け突き放してしまったことを、改めて心の底から後悔する。
「尚さんなら大丈夫ですよ、元々は神経図太くて遠慮するような人じゃないし、青木さんだから、好きな人相手だからちょっと弱っちゃっただけで」
更に歩は「尚さん好きな人相手だといつもと全然違う、初めて知ったし」と言って可笑しそうに笑っている。そんな歩を見て悠臣はようやく少し冷静になれた。自分と尚行の関係性を同じバンドメンバーの啓太が知っていたのだから歩が知っていても不思議ではないのに、そんなところまで気を回す余裕もなかった。途端に気まずくなると同時に、椅子を引いてコーヒーを入れてくれる歩に対して、まるで自分の居場所を奪われたような劣等感を抱いてしまったことが恥ずかしく思えて来て、悠臣は余計に口を噤む。
――何やってんだよ俺は、本当に……。
そうこうしている内に尚行の様子を見に寝室に入っていた莉子と啓太がリビングへ戻って来た。悠臣の隣に啓太が、正面に莉子がそれぞれ座り、そこへ少し遅れて四人分のコーヒーを入れてくれていた歩がコーヒーを配り終えてから最後に席に着いた。
「ありがと歩くん」
そう言って莉子はふーっと大きく息を吐く。
「眠ってる状態だから何とも言えないけど、呼吸も脈拍も安定してるし、倒れた時の状況聞く限りではとりあえず大丈夫だと思う。何しても起きないくらいぐっすり寝てるしね」
専門は心療内科とはいえ、医師である莉子の言葉に一同はほっとする。
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