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回顧 (2)

   “もう一つのバンド”に悠臣が参加したのは今から三年前。高校時代の後輩に頼まれ、初めはサポートだったが、半年前バンドのインディーズデビューをきっかけに正式なメンバーとなった。そのことを高校二年からの付き合いで大学卒業後に同棲を始めた悠臣の恋人、宮澤沙織(みやざわさおり)は心から喜んでくれていた。    ひとまずバンド=仕事にはなったが、それですぐに安定した収入を得られるわけではない。バンド活動の合間にアルバイトをして日銭を稼ぎ、大手企業の総合職として働く沙織より家にいる時間の長い悠臣が家事をする。  今日も悠臣が用意した夕飯を沙織が帰宅してから一緒に食べて、その後ソファでテレビを見ながら寛ぐ沙織にコーヒーを入れてあげる。 「俺、明日からレコーディングだから暫く晩飯作れないかも」 「そうなんだ、わかった大丈夫だよ」  コーヒーをソファの前のローテーブルに置くと沙織は「ありがとう」と言って朗らかに笑う。 「あと、悟たちとのバンドは、今日で解散になった」 「そうなんだ、でもこれからは一つに集中出来るし、良かったんじゃない?」 「……そうだな」  悟にも同じようなことを言われ、同じ返事をした。そして同じように最後に見た浅野の顔が頭に浮かんで、悠臣はまた少し胸が痛んだ。  バンドのメンバーは悠臣以外全員二十二歳で、もうすぐ揃って大学を卒業する。これを機にバンドは一気に活動の幅を広げて行くという方針は既に決まっている。そのためにまずはレコーディング、春以降はライブもかなり決まっていて今よりはそこそこ忙しくなる予定だ。  そしてバンドは順調に知名度を上げ、インディーズシーンにおいても注目のバンドとなり、悠臣も慌ただしい日々を送っていた。  立ち止まって振り返る暇など無い程に。  そして、あっという間に三年が経った。    セカンドEPをリリースし、来週にはツアーが始まる。リハーサルもいよいよ佳境を迎えていたが、同時にバンド内に不穏な空気も漂い始めていた。元々ルーズな性格のドラムの遅刻癖がここへ来て一層酷くなり、曲作りに難航中のボーカルの苛々はピークに達していた。悠臣の高校時代の後輩でもあるギターはそんな二人に挟まれオロオロするだけで間を上手く取り持ったりは出来ない。悠臣は悠臣で年齢こそ一番上なだけで、サポートを経て正式メンバーとなったのは一番最後なので口を出すのは控えていた。  家で沙織相手にたまに愚痴をこぼすと「組織なんてそんなものよ」とやんわり嗜められる。そしていつの間にか沙織の会社の愚痴になって、最終的には高校の同級生の誰々が結婚したとか、会社の誰々が妊娠しただとかの話になるのがここ最近の会話の流れだった。
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