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回顧 (3)

   一年ぶりに会った悟には、バンド内の不和については言えなかった。代わりについ昔の話をしてしまう。 「……浅野と、連絡とったりしてる?」  悟の遠慮がちな問い掛けに、悠臣も言葉に詰まる。 「……いや、全然」 「俺も」 「悟は気にせず連絡してると思ってた」 「浅野が地元帰った最初の頃はな、けど仕事忙しいみたいで、毎日帰るのも遅いから自然と減って、今では全然」  バンド解散後、浅野は地元に帰り暫くして就職したというのは悟から聞いて知っていた。  浅野は基本的に自由奔放で身勝手で我儘な性格だが人付き合いは上手い方だった。  あいつも“組織”の中で上手く折り合いをつけて日々頑張っているのだと思うと、悠臣は自分の悩みがちっぽけに思えて余計に何も言えなくなってしまった。  久しぶりにはやく帰宅出来た悠臣は夕飯の用意を終えると沙織が帰るまでの間、ソファに座ってベースの練習をする。今日のリハで珍しく何度か指がもつれて上手く弾けなかった箇所があった。落ち着いて弾くと間違いなく弾けるが、それでも何となく、いつもより指の動きがぎこちなく感じる。    ちょっと疲れたかな。  ベースを抱えたままローテーブルに置いてあった煙草を手に取り火を付ける。溜め息とともに煙を吐き出したその時、玄関の鍵の開く音がして悠臣は慌ててベースをスタンドに置き、換気扇の下に移動したが、遅かった。 「ただいまぁ〜、あ!またソファで煙草吸ってたでしょ」 「……ごめん」 「もう、賃貸なんだからちゃんとルール守ってよね」 「……はい」  沙織が部屋着に着替えている間に悠臣は用意していた夕飯をテーブルに並べる。座って一緒に食べ始めると会話の主導権はいつも通り沙織が握り会社の愚痴が始まるが、悠臣にはそれが丁度良かった。今はバンドの話はしたくない。そう思っていたのに、そう言う時に限って沙織は珍しく悠臣にバンドの話を振ってきた。 「前にメンバーのケンカがどうのって言ってたけど、その後どう?」 「……あー、まあ、何とか」 「大丈夫そう?なら良かった。元々他の三人は同じ大学の同級生だし仲良さそうだもんね」  実のところ、状況はあまり変わってはいない。元々仲が良くて物理的に距離が近いから遠慮も無くてその分諍いも多かった。それでも最初の頃は何とかなっていたのが、今はそうはいかないのは、バンドが仕事になったから。モチベーションやベクトルの違いが如実に現れ始めてその差を埋められないまま、それどころかどんどん開いてしまっている。  だけど、悠臣はもうそんな話もわざわざ沙織にしたくなかった。バンドだけじゃない、近頃悠臣は沙織に対しても似たような隙間を感じてしまっていた。
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