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回顧 (4)

   沙織との出会いは二人が高校二年の春、同じクラスになってすぐ沙織の一目惚れから始まった。明るくて元気でとにかく押しの強い沙織に押しに押され付き合い始めた。お互い初めての彼氏彼女だったが、押しの強い沙織と押しに弱い悠臣の性格はピタリとはまり、大きなケンカや別れの危機も無く上手くいっていた。  大学は違う大学にそれぞれ進学し、四年生になって就職活動をしないと言い出した悠臣にも文句一つ言わず、悠臣のやりたいことを尊重してくれた。それでも、さすがにそろそろ愛想尽かされるだろうかと思っていた大学卒業後には、沙織の方から同棲しようと提案してきた。  付き合って十年、同棲をして五年、今年でお互い二十七歳。沙織が自分に何を求めているか、悠臣はよくわかっているし、その気持ちに応えたいとも思っている。  だから、余計なことは言いたくなかった。  ツアー前に感じていた悠臣の右手の違和感はライブが始まってしまえばあまり気にならず、特に問題も無かった。  悠臣の心配をよそに、ツアーが始まると自然とメンバーの士気も上がり、ぎくしゃくして見えた関係性もいつの間にか元通りの雰囲気に戻っていて、メンバーはそれぞれ次のステップへ向けて確かな手応えも感じられた。  そしてバンドを、悠臣を取り巻く状況は、良くも悪くも刻一刻と変化していた……。 「え?!メジャーデビュー?」  無事にツアーを終えて久しぶりにゆっくり過ごせる日曜日の朝、換気扇の下で一服しながら悠臣が告げた唐突な報告に沙織が目を丸くしている。 「ちょっと前から話は来てて、ツアーの動員も目標達成したし、正式に決まりそうかな」 「すごーい!おめでとう!」 「……うん」 「どうしたの?あんまり嬉しそうじゃないね」  バンドの成功を心から喜んでくれているのがわかるから、悠臣は迷ったが今の気持ちを正直に話すことにした。 「バンドの活動だけ見ると順調だし、さらに高い目標が出来たことでメンバー同士の結束も今は高まっている。けど、それもきっと一時的なもので、この先また壁に直面する度によりぶつかりそうな気がして、……それに、メジャーに行くために、売れるために曲もかなりシンプルなポップス寄りになって来てて、嫌なわけじゃないんだけど、個性が無くなってきてると言うか、なんか違うなって思うことが最近増えてて……」 「それは、バンドを辞めたいっていうこと?」

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