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回顧 (5)
曖昧に言葉を濁す悠臣に対して沙織はあえてはっきり言葉にする。
「……まあ、もしそうするなら、メジャー行く前の今のタイミングが良いのかもなとは、最近ちょっと考えてる」
「私が口出しするべきじゃないんだろうけど、意見を言わせて貰えるなら、性格とか好みとか方向性とか、バンドじゃなくてもみんなそれぞれ違う中で、たまには我慢もして周りに上手く合わせていくのも必要だと私は思う」
「それは、まあ、そうだろうけど、……前はバンドやっててこんな風に悩むことなんてなかったんだよな」
「前って、大学の頃のこと?」
「そう、悟や浅野とは、もっと上手くやれてたなって、今になって思う」
悠臣の発言に沙織は目を見開いて驚いたような表情をして見せた後、少し間を置いてから口を開く。
「……それは、だって、今のバンドは仕事で、大学の頃は、遊びでしょ?」
沙織の発言に今度は悠臣が目を丸くした。
“遊び”か……。
当時は悠臣なりに真剣にやっていた。だけど、オリジナル曲なしで洋楽のカバーばかりでは“遊び”と言われても反論出来ない。
「……あんまり、こういうこと言いたくないんだけど」
黙り込んでしまった悠臣に、沙織は遠慮がちに告げる。
「別に今すぐとは言わないけど、将来の事とか、ちゃんと考えてくれてるんだよね?」
沙織の言葉を受けて途端に悠臣は顔がかっと熱くなり、首を絞められたような息苦しさを感じた。それでも極力表情には出さず、落ち着いた声で返事をする。
「……もちろん、考えてるよ」
沙織がほっとした顔で笑っている。
これまでずっと悠臣のやりたいことをさせてくれていた。その上で変わらぬ関係を維持出来ているのは何よりも沙織の理解と協力のおかげだ。
そんな沙織を裏切るような真似は、出来るわけがなかった。
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