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回顧 (8)

   悠臣の活動休止中、バンドはサポートを入れて活動を続けた。マネージャーが「ベースの音やプレイに問題はないか」などと言って、完全に善意でリハーサルやライブの動画を送ってくる。  それを見て、悠臣は改めて思った。  何が何でも、しがみついてでも俺が弾く必要は無い。  そして活動休止から二ヶ月も経たずに、悠臣の脱退が正式に決定した。  バンドを辞めると沙織に伝えるのは、他の誰に言うより慎重になって緊張したが、意外にも一言「わかった」とだけ冷静に言われ拍子抜けした。  悠臣の脱退に関して公式からの発表はバンドの都合上少し先の予定になってしまい、その間悠臣はあまり表立った行動は出来ずほぼ引きこもり状態の日々が続いていた。  そんな週末の夜、換気扇の下で煙草を吸っているとふいにテレビから懐かしい曲が流れて来て、悠臣は反射的に振り向いた。  The Whoの『My Generation』をBGMに世界的に有名な黄色いキャラクターがテレビ画面の中で縦横無尽に暴れ回っている。 「あ、今日テレビでやってるんだ。姪っ子がこのシリーズ好きなんだよね、今頃見てるかなぁ」  丁度風呂から上がった沙織がテレビを見て微笑む。 「……この曲、昔バンドで演ってたな」 「昔って、大学の頃?……ごめん、覚えてないや」  悠臣の呟きに沙織は申し訳なさそうに返事をした。  沙織は洋楽に興味が無い。十年付き合ってもそれは変わらなかったが、これまで特に問題は無かった。付き合っているからといってお互いの好きなのもを全て共有する必要など無いし、ましてや強要するつもりも無かった。  だけど、悠臣はこの時初めてそのことを寂しいと感じた。  大学の頃、浅野や悟とバンドをやっていたあの時間は、悠臣にとって何ものにも変え難い輝かしい過去で、学生ならではの熱量で好きなものに没頭した、大人になった今ではもう出来ない、取り戻せない大切な時間だった。  それを一番身近な人とわかり合えないのが残念で仕方なかった。  だけど皮肉にもそれがずっと迷っていた悠臣の心に火を付けた。  あの頃の自分に戻りたい。  自分の好きな音楽を好きなように、好きな奴らとやりたい。  浅野や悟と、あの頃のようなバンドを、もう一度やりたい。  だけど思い描いた理想と比べて現実は、あまりにも残酷だった……。

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