52 / 110
回顧 (9)
平日は朝仕事に出かける沙織を見送ってからもう一度ベッドに入る。昼前にようやく起きると洗濯に掃除、夕飯を用意して沙織の帰宅を待つ。そんな生活がもう一ヶ月になろうとしていた。
さすがに就職活動に向けてそろそろ動き出さないと、そう思ってはいるが「少しゆっくりしたら」との沙織の言葉にすっかり甘えてしまっていた。
煙草を一本吸い終えてスマートフォンを手に取り『求人 正社員』と検索するが、あまり心惹かれない。そもそも悠臣はアルバイト経験はあっても大学を卒業して以来一度も、所謂会社というものに勤めた経験は無い。更には運転免許の他に就職に有利な免許や資格も持っていない。
わかってはいたけど、正直きついな。
ため息をついてからスマートフォンをテーブルに置きまた煙草に火をつける。家にいる時間が増えて明らかに煙草の量が増えた。
悠臣は次の受診時までベースを弾かないようドクターから指示されていた。
以前なら一人の時間はベースを弾いて休憩がてら煙草を吸って、またベースを弾いての繰り返しだったが、ベースが弾けない今、悠臣は家にいる間ずっと煙草を吸っている。
バンドを辞めたことに後悔は無いが、ベースが弾けないのは当たり前だが悠臣にとって大きなストレスだった。
こんなんで本当に弾けるようになんのかな。
一日一回はそんなことを考えてしまう。そんな時は懐かしい曲を聴くようにしていた。
一時的にベースを封印した直後は音楽を聴くとベースを弾きたくなりそうで一日無音で過ごしていたが、その方が精神的に参った。
昨日はひたすらジミ・ヘンドリックスをかけていた。その前はクリームを、昔を思い出しながら今日は何にしようと考えていると、浅野が一番得意で毎回セトリに入れたがっていたThe Beatlesの『Helter Skelter』のイントロが脳内で再生された。同時にこの曲を演るといつもバカみたいに盛り上がってくれた懐かしい友人たちを思い出して、悠臣は一人ほくそ笑む。
ともだちにシェアしよう!

