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回顧 (11)
「……ありがとうございます、最後に良い記事書いてもらって」
悠臣の脱退を受けて、懇意にしていた音楽ライターが餞の記事を書いてくれていた。
「会って直接報告出来なくてすみませんでした」
『いいって、理由も理由だしな。それより青木くんが抜けたらバンドはこの先苦労するだろうね』
「そんなことないですよ、辞めるって話した時も誰にも引き止められなかったし、サポートベースとの相性も良いみたいで、メジャーデビューに向けて順調そうです」
『まあ、今はデカい目標があるからな、このまま頑張ってほしいけど、記事の最後にも書いたけど僕としては、青木くんのこれからの人生が良いものになるよう祈ってるから』
「……ありがとうございます」
記事には主にバンドでの悠臣の功績とジストニアについて書かれていた。そして最後は、「どんな形でも良い、何年先でも良い、青木悠臣のベースが再び聴ける日が来ることを願ってやまない」という一文で締められていた。
ほんの少し前までは悠臣自身がそう思っていた。焦らなくて良い、何年先になっても自分の追い求める理想に近づけるのなら、どんな苦境も乗り越えていける、そう信じていた。
だけどもう、その理想を形にすることは叶わない。
浅野がいないのなら、悠臣がもう一度ベースを弾く理由は、他には無かった……。
「ベース、どうしたの?」
仕事を終え帰宅した沙織が部屋の異変に気付いて声を掛ける。
「……売った」
今朝、沙織が家を出る時までは、二人が暮らす部屋の一角にはいつものように悠臣のベースやアンプ等の一式が纏めて置かれていたが、全て無くなってしまっていた。
「どうして」
「どうしてって、バンドも辞めて、右手も思うように動かなくて弾けないなら、いつまでも置いといても邪魔なだけだろ」
「でも、治療してまた弾けるようになりたいって、言ってたのに」
バンドを脱退する際、沙織には治療を受けてでもベースは続けたいとだけ説明していた。
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