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回顧 (15)

「ねぇ、仕事は何してるの?」 「何もしてないよ、する気もない」 「そうなの?ウケる。じゃあ前は何してたの?」 「んー、内緒」 「え〜、まあいっか、それより聞いてよ今日さぁ〜」    音楽以外に趣味と言えるものは特に無い悠臣は荷物も少ない。沙織の父親から連絡のあった翌日には衣類や貴重品などを纏めてマンションを出て行った。  連絡も入れずに突然帰って来た悠臣に実家に住む両親と妹は驚いてはいたが、深く追求する事なく迎え入れてくれた。  それから三週間、夕方に起きて来ては夜の街へと繰り出す。そんな日々を過ごしていた。  インディーズでそこそこ人気があったとはいえ、ベースの悠臣はたいして世間では知られていなかったので気付かれることもなかった。  その日その場で会った人と気ままに会話を楽しむ。自分の話はほとんどしなくても相手は自分の話を聞いて貰えればたいして気にもしない。聞き上手な性質がこんなところで活かされるなんて、思ってもいなかった。 「……ねぇ、そろそろ出ない?」 「いいよ」    沙織と暮らしていたマンションを悠臣が出て行ってから一週間経っても沙織から連絡は無かった。悠臣から連絡をすることもしなかった。  その間同じように夜の街に出掛けても罪悪感からか、声を掛けられても一緒に酒を飲んで楽しく会話をして、そこまでに留めていた。しかし、沙織の父親から再び連絡があり、マンションの合鍵を沙織の父親に直接手渡したその日から、悠臣の中で何かが切れた。以来、名前も素性もよく知らない女性と日替わりで朝まで飲んだり、一夜限りの関係を楽しんだり、挙句には誘われるまま女性の家に何日も入り浸るという、絵に描いたような堕落した日々を送っていた。  ほとんどの相手は別の日に悠臣が別の女性と一緒にいるところを目撃しても咎められることなく割り切った関係を楽しめていたが、中にはそうはいかない相手もいた。

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