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回顧 (16)

 すっかり行きつけとなった店で親しくなった女性と二人、店から出ようとしたところを先週何度か家に泊めて貰った別の女性が来店して鉢合わせる。女性は悠臣に気付くと激昂して喚き散らし、店内にいる人たちが何事かと悠臣たちの方を向いた。不穏な空気を察知した悠臣と一緒に店から出ようとしていた女性が逃げるように一人その場から離れると、怒りの収まらない女性は最後に悠臣の左頬に強烈な平手打ちを喰らわしてから「最っっ低っ!」と吐き捨てるように言って店を出て行ってしまった。店員が「大丈夫ですか?」と言いながら駆け寄ってくれたが「大丈夫です、お騒がせしてすみません」と店員を手で制し、一呼吸置いてから悠臣は何事も無かったかのように店を出る。   「あ〜あ、もうこの店使えねぇな」  一人の女性を怒らせて殴られたことより、別の女性に逃げられ、更には出会い目的で通うのに丁度良かった店でトラブルを起こしたことで店に行き辛くなったことの方が、今の悠臣には痛手だった。  そして懲りもせずに何処か別の店にでも行ってみようとあたりを見渡していると背後から声を掛けらる。 「おにーさん、災難だったね」  反射的に振り向くと、やたら色白で華奢な男性が怪しげな微笑みをたたえて真っ直ぐ悠臣を見ていた。目が合うと更にニッコリと笑う。 「あ、待ってよおにーさん」  取り合うのも面倒で無言で立ち去ろうとすると男は悠臣に付いて来た。 「どこ行くの?僕良い店知ってるから連れて行ってあげようか?ちなみにあっち方面の店はあんまりおすすめしない」  いつの間にか悠臣の隣にピタリと寄り添い、悠臣の向かおうとしていた方向を指差して男はそう耳打ちする。  これまでほとんど夜遊びをしてこなかった悠臣は夜の街の情報には疎い。胡散臭さは拭いきれないが、すでにほろ酔いの頭で深く物事を考えるのも面倒になって、悠臣は手を引かれるまま、男の提案に乗ることにした。  それでもどんな店に連れて行かれるのかとほんの少し身構えていたが、客の年齢層は主に二十代から三十代で比較的賑やかなキャッシュオンデリバリー方式のカジュアルなバーだった。  初めて入店した悠臣に店員も常連客も友好的で、来店から小一時間程は様々な人たちとの会話を悠臣もほどほどに楽しんでいた。 「どお?おにーさん、良い子いた?」  悠臣が一人になったタイミングで、ルイと名乗った例の男が声を掛けてきた。

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