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回顧 (20)

「なぁ、あれ聴いた?」  同じ学部で更には同じサークルに所属しているため、大学入学以来ほぼ毎日のように行動を共にしている村上悟の声がして悠臣は目を開ける。どうやらサークルの部室でうたた寝をしていたようだ。 「あれって?」  音楽雑誌をパラパラとめくりながらさほど興味なさそうに浅野和巳が返事をした。 「ビートルズの新曲だよ」  狭い割にいつも人でいっぱいの部室だが、今は珍しく三人しかいない。 「あー、まぁまぁかな」  寝起きで頭がまだぼーっとしていて悠臣は二人の会話を上手く拾えない。そんな悠臣に構うことなく二人はまた別の話を始める。 「そういえば浅野さぁ、キース・ムーンとセッションしたってマジ?」 「あぁ、まぁね」 「マジかよ!すげぇな」  先程の会話より更によくわからない内容に悠臣は思わず笑ってしまった。 「じゃあ悟クビにしてキース・ムーンにドラムやってもらうか」 「おいこら。けど、見てみたい気もする」  悠臣の悪ノリに気分を害することもなく悟が乗っかる。一方で浅野は、 「お前はまだ早ぇよ」  どこか憂いを帯びた、だけど穏やかとも思える複雑な表情を浮かべて浅野は悠臣に向かってそう言った。あまり見たことのない浅野の表情がやけに気になって、浅野に向かって悠臣が手を伸ばそうとしたその瞬間、悠臣の視界がぼやけ始める。  違う、浅野に会えたら話したかったのはこんなことじゃなくて……。  そう思うのに声が出せない。すぐ目の前にいたはずの浅野や悟の姿も、もう見えない。  待ってくれ!もう一度、俺と……。

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