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和解 (2)

「……え、俺?」  ここで自分の名前が出てくるとは思ってもいなかった尚行は驚きで思わず声が上擦る。 「俺は尚と、尚の弾くギターに出会って、音楽が好きだったことを思い出せた。……なのに、人間なんてちょっと会わない間に何があるかわからないってわかってたはずなのに、お前が倒れたって聞いて、俺はまた同じこと繰り返すのかって思ったら、ちょっと冷静でいられなくなって……」  ――お前までそんなことになったら、今度こそ俺は、もう――  ついさっき、肩を震わせながらそう言っていた悠臣の姿を尚行は思い出す。あの時はわからなかった悠臣の気持ちを想像すると今更ながら胸が締め付けられる。それと同時に自分が悠臣にとってそういう存在なのだと思うと、不謹慎ながら自然と頬が緩むのを止められない。 「悪い、急にこんな話聞かされても返答に困るよな」  深いため息を一つ吐いた後、悠臣はようやく顔を上げて正面に座る尚行を見た。胸の内を全て打ち明けられて幾らかすっきりとした様子だ。 「いや、聞きたいっつったの俺だし。つーか俺の方こそ、もし言いたくなかったことまで話させてたら、ごめん」 「さっきお前も言ってたけど、言う必要がないと思ってたから言わなかっただけで、俺も過去を知られたくなかったわけじゃない。……ただ、バンドのことは、尚と初めて会った時に“売れるための音楽には興味ない”って言ってたから、俺はあの当時生活のために売れるための音楽やってたから、何となく言いにくかった」  そう言われて尚行も悠臣と初めて会った日のことを思い出す。確かにそのようなことを言った覚えはあるが、あの時悠臣がどんな気持ちで聞いていたかなんて、当然だが知る由もなかった。 「あれは、まぁ、今もその気持ちはあんまり変わらないけど、……ついでだし、俺の話もちょっとだけしていい?」 「あぁ、もちろん」 「莉子がどこまで話したのか知らねぇけど、俺、昔ほんの一瞬だけど東京でスタジオミュージシャンやってた時期があって、その頃テレビにもよく出るような割と有名なアイドルとかシンガーソングライターとかのバックバンドでアリーナとかドームでライブやったこともあるんだけど、何万人てお客さんがいても誰も俺のギターの音なんて聴いてない。みんなが観に来てるのは俺じゃないんだから当たり前なんだけど、なんか虚しくなっちゃってさ、だから、それは俺の気持ちの問題で、売れてる音楽が嫌とか、馬鹿にしてるわけじゃないから」  気まずそうに顔を顰めながら、それでも尚行は悠臣の目を真っ直ぐ見ながらそう言った。

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