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和解 (4)

「いや、だからそれは、俺が不甲斐ないせいで悠臣のせいじゃないから」  自分のことを想ってくれるのは嬉しいが、こんな顔をさせたかったわけじゃない。 「あのさ、悠臣も言ってたように人間だし絶対死なないとかは言えないけど、それでもいつか死ぬにしても後悔しないように、言葉悪いかもしんないけど、悠臣とはこの先ずっと飽きるくらい一緒に居て、何でもいいからいっぱい話をしていろんなことして、同じ景色を見ていたいって、俺は思ってるから」  少し気恥ずかしそうに、それでも真剣に言葉を紡ぐ。尚行はこんな大事な局面でも上手く言えない自分の語彙力のなさに自己嫌悪して思わず眉を顰めた。  そんな尚行を真っ直ぐ見据えてから悠臣はゆっくり口を開く。 「……俺が、どんな返事をしても?」  ずるい言い方だと尚行は思った。そして悠臣自身もそれをわかっていながらあえてそう聞いた。 「それは……」  ベースのことなのか悠臣への気持ちのことなのか、どちらかわからず尚行は口籠る。それでもどっちだとしても尚行の気持ちは変わらない。 「最終的に決めるのは悠臣だから。この一ヶ月悠臣は俺の我儘に付き合ってくれた。……これ以上はさすがに無理は言えない」  寂しそうな表情で、それでも尚行ならそう言ってくれると思っていた。そんな尚行を見て、悠臣は決意する。  ――俺が見たいのはこんな尚じゃない。 「はっきり言うけど、一ヶ月ではさすがに無理、全然弾けない」  尚行の表情が更に強張る。 「正直さ、指動かなさ過ぎてジストニアのせいなのかブランクのせいなのかもいまいちわかんない。……でも、手応えが全く無いわけじゃない」  尚行は目を見開いて次の言葉を待った。 「今さらやって効果があるのかわからないけど、それでも、治療を受けてみようと思う」 「……治療って、ジストニアの?」 「そう、俺もこのままで終わりたくないから」  てっきり断られると思っていた。あまりにも予想外の展開でどう返事をして良いかわからず尚行は戸惑っていたが、悠臣がベースを続けようとしているのだとようやく頭が理解すると、頬が自然と緩むのを止められない。 「……それは、うちのバンドでベースを弾くために?」  もっと確かな言葉が欲しい。 「あぁ、Southboundで、お前の隣でベースを弾くためにな」  ついさっきまでとは違う、穏やかな表情で迷い無くはっきりと、尚行の目を真っ直ぐ見ながら悠臣はそう言った。  まだ治療を受けると決めただけで全ての問題がクリア出来たわけではない。それはわかっている。だけど想像していた以上の満点の返事に尚行は喜びを隠しきれず相好を崩す。  そんな尚行を見て悠臣はふいに莉子の言葉を思い出した。  ――青木さんがベースを弾けるようになれば尚は喜ぶだろうし、私はやっぱり尚には笑っていて欲しいので――  俺だって気持ちは同じだ。  今更だってまだ出来ることはきっとあるはず。  諦めるのは、まだ早い……。  

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