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前進 (2)
「そうなんだ、規模も大きいし簡単じゃないだろうな。けど暑さはともかく想像以上に良いな。名前は聞いたことあったけど来たことなかったから誘ってもらって良かったよ」
「だろ?なんかみんな自由でさ、好きに楽しんでる感じがいいんだよなぁ。……あ〜やべ、ビール飲みたくなって来た」
二人のすぐ近くをビールを手に持ったグループが通り過ぎて行く。
「飲めば?帰りは俺が運転するし」
「や、流石にそれは気が引けるからいい。けどやっぱ啓太連れて来れば良かったかなぁ」
「去年までは啓太くんと来てたのか?」
「啓太だけじゃないけど、だいたいはバンドメンバーで来てるかな、その年によって違うけど。でも啓太が一緒だと煩くてのんびり出来ねぇしやっぱいなくていいわ」
「そうか……」
尚行が倒れた日、悠臣は一度自宅に帰ったが翌朝出勤前に再び尚行様子を見るため家に行った。その時遠慮がちに『イベントに一緒に行かないか』と誘われ、特に予定も無かったし尚行の体調も心配だったので了承したのだった。
昨年まではバンドメンバーで来ていたところを今年は悠臣と二人きりで、その理由も今なら聞かなくてもわかるが、どう対処して良いかわからず上手く会話を繋げない。
そんな悠臣の様子をさりげなく窺ってから尚行は口を開く。
「……あのさ、聞いていい?」
開放的な背景にそぐわない神妙な面持ちの尚行に悠臣は思わず身構える。
「……なに?」
「昨日、どうだった?」
「……あぁ、……それか」
「なにを聞かれると思ってたんだよ」
珍しく動揺を隠せていない悠臣が可笑しくて尚行は思わず笑ってしまった。
「いやだって、おまえが変に真面目な顔で言い出すから」
「そりゃ軽くは聞けないだろ、治療とかってデリケートなもんだしさ。……話したくなかったら、別に無理に話さなくていいけど」
つい一ヶ月前、ジストニアが原因でベースを辞めたと知っていながら悠臣にベースを弾けと言ってきたやつと同一人物とはとても思えない謙虚な発言に悠臣も思わず笑みをこぼす。まああの時も決して軽い気持ちで言ったわけではないんだろうが。
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