71 / 110
前進 (3)
「そんな気を遣う程のことでもないよ。昨日はベースも持って行かなくていいって話だったし、発症当時のこととかベース再開してからの話して、後は全身揉みほぐされた。あんまり気にしたことなかったけど俺体すげぇ硬くて肩とか首とかガチガチらしい。……けどそれよりも、先生がSouthboundのギターだってこと先に言っといて欲しかったよ」
「あーそっか悪い、つーか莉子が言ってると思ってたし」
悠臣は昨日の夜、先週莉子が教えてくれた佐橋鍼灸接骨院に早速行ってきた。受付を済ませ少し緊張しながら待っていると、現役院長の息子で尚行と莉子の幼馴染でもある佐橋恭一が笑顔で迎えてくれた。年齢は悠臣より二つ年上の今年で三十六歳、身長は悠臣より僅かに低いくらいで優しそうな整った顔立ちの爽やかな男性だった。
雑談の中で恭一に“Southboundのギター”だと自己紹介され、全く予想していなかった悠臣は思わず声を上げて驚いた。キーボードの小野塚歩と同様に恭一もライブではいつも帽子とサングラスを着用しているため気付かれたことはほぼないそうだ。
「それに莉子ちゃんのことも」
「それこそあいつが言ってると思ってたから」
佐橋鍼灸接骨院のことは莉子から聞いたので当然莉子を通して紹介して貰おうと悠臣は思っていた。その話を尚行にすると、自分が恭一に連絡すると言い出し莉子と悠臣が直接やりとりするのを阻もうとした。理由は尚行いわく、「絶対ないけど念のため」らしい。悠臣としてはわざわざ提案してくれた莉子を介さないのは礼儀に反するし、尚行が心配しているようなやましいことは何もないので自分で連絡すると一度は断ったが尚行は譲らなかった。結局尚行が莉子に連絡し、莉子が恭一に連絡する形に落ち着いた。そのことを恭一は「あの二人らしい」と笑っていたが、悠臣は恭一が自分と尚行の関係性をどこまで知っているのかわからず話を膨らませられないでいた。すると恭一は「尚の気持ちもわかる」と言い出して、ますます混乱する悠臣に恭一は満足そうに理由を話してくれた。
「僕は莉子の婚約者だから」
ともだちにシェアしよう!

