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前進 (7)
まだまだ暑さが残る九月の中旬、悠臣が佐橋鍼灸接骨院に通い始めて一ヶ月が過ぎた。
いつもは平日の仕事が終わってからの遅い時間に予約を入れて貰っていたが、今日は恭一の都合で土曜日の午前最後の予約になった。
「はいお疲れさま。今日はごめんね、次はいつもの時間がいい?」
「ありがとうございました。土曜日でもいつもたいして予定ないから大丈夫ですけど、次の週末は実家に帰省する予定だから平日の夜の方が都合がいいですね」
悠臣の妹、奈月は先月無事に出産を終え、九月いっぱいは実家にいるというので悠臣は当初の予定通り九月の連休中に帰省することにした。
「青木くん、今日ってこの後予定ある?」
次回の予約を入れて貰い会計を済ませると恭一に声をかけられた。
「いえ特には無いです。もうお昼だし何か食べて帰ろうかなって考えてたくらいで」
この一ヶ月の間に気になる店は何軒かあったが、いつもは平日の遅い時間に来院していたので終わればすぐに帰っていた。
「ちょうど良かった、じゃあお昼一緒に食べよう。片付けてくるからちょっとだけ待ってて」
悠臣が返事をする前に恭一は奥へ行ってしまった。とはいえ断る理由も特に無いし、尚行にも恭一は気を遣うような相手じゃないし年も近いから仲良くしてやってと言われていたので良い機会かもしれない。大人しく待っていると私服に着替えた恭一が戻って来た。
労働の後なので「がっつり肉が食いたい」と言う恭一に連れられ焼肉屋へ。知り合ってから一ヶ月以上経っているとはいえ二人で食事となると多少緊張するかと思いきや、そこは年齢も近くて好きな音楽も似ていて性格も温厚な者同士、何の心配も要らなかった。だから席についてから二十分程、音楽の話を中心に会話も弾んでいたため、悠臣はすっかり油断していた。
「ところで青木くん、尚とはどう?」
急に尚行の名前を出され、悠臣は口に含んでいたウーロン茶を吹き出しそうになったが何とか堪えた。
「……どうって、何がですか?」
「え〜、全部言わせたいの?」
そう言って恭一はわざとらしくニヤッと笑って見せる。
「別にどうもないですよ、一緒に飯食ったり話したり……」
何を言わせたいのか何となく予想は付くが、ざっくりとした質問だったのでざっくり答えると恭一はあからさまに不満そうだ。
「バンドの活動がストップしてるからしばらく尚とは会ってないんだけど、この一ヶ月くらいやたらと尚から連絡来るんだよね〜」
「はぁ……」
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