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前進 (8)
施術中の紳士的な立ち振る舞いとは正反対とも思える言動に思わず眉根を寄せる。そういえば尚行が幼い頃淡い憧れを抱きながらも「いつも違う女連れてたりいろいろ見えてくると自然とそういう気持ちが無くなっていった」と言っていたのを悠臣はふいに思い出し、こういうところかと妙に納得が行った。
「施術中じゃ出来ない話したくてせっかく来たんだからはっきり聞くけど、尚と付き合わないの?」
あの前振りは何だったのかと呆れるほど今度は直球で来た。
「……それは、その、」
「あんまり詳しくは聞いてないんだけど、青木くんて男と付き合ったことはないんだっけ?やっぱそういうのは無理なタイプ?」
どう答えて良いかわからず目を逸らして口籠る悠臣を恭一は許してはくれない。
「……男と付き合ったことはないけど、無理かどうかは、正直なところよくわかりません」
男と付き合ったことはないが、経験があることは流石に伏せておいた。
「ふーん、完全に無理なわけでもないんだ。なら試しに付き合ってみたら?」
あまりにも軽い調子で言われ真面目に答えているのが少し馬鹿らしくなってきた。
「お試しなら、逆に無理です」
「なんで?っていうか啓太や莉子から聞いてる限りでは、はたから見たらもう付き合ってるとしか思えない関係なんだけど?」
尚行が倒れた日を境にあれから一ヶ月、ほぼ毎日のように尚行の家に行き食事を用意して一緒に食べている。食後はとりとめもない会話をしてから自分のマンションへ帰り、朝になると尚行を起こすためにまた尚行の家に行く。土日の日中は尚行は仕事のため一緒に過ごす機会はあまりないが、たいてい尚行の家の掃除等をして悠臣の休日は終わるので、その間他の誰かと会うことも無い。
改めて言われてみなくても自分でもわかってはいる。身体の関係が無いだけで、それ以外はどう考えても単なる友人の距離感ではない。だからこそ、
「尚が真剣なら、試すような真似は出来ません」
悠臣の返答に今度は恭一が目を丸くした。
「なら真剣に付き合えば?」
言われると思った。
この一ヶ月、悠臣も何も考えていなかったわけではない。それでもまだ自分の中で明確な答えに辿り着けないでいる。
「……ごめん、嫌な言い方した」
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