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前進 (9)
まだ定まらない自分の想いを上手く言葉に出来なくて悠臣が黙り込んでいると恭一はそう言葉を続けた。
「そんな単純な話じゃないよな、俺だって莉子と付き合う前はいろいろ考えたし」
「……そうなんですか」
「そりゃね、けどまぁ俺の話は今は置いといて、確認したかったのは青木くんがどういうつもりで今も尚と一緒にいるかってこと。軽い調子で聞いた方が答えやすいかなって思ってあんな言い方したけど、茶化すつもりとか全然無いから、ほんとごめんね。でも想像してた以上にちゃんと考えてるんだなってわかって安心したよ」
重ねて謝られわざとだったと理解はしたが、どう対応して良いかは相変わらずわからないままだ。
「昔のことがあるからどうしても気になって、尚の気持ちをわかった上で受け入れずにそれでもそばにいるのは何か裏があって、利用しようとしてるのかなとか、ちょっとだけ考えちゃってたし」
「いやそれは、そんなつもりは全くなくて……」
「うん、そうだよね」
「……尚はその、昔は利用、されてたんですか?」
莉子が話してくれた例のスタジオミュージシャンの事だろうか。
「……まぁね」
何があったのか気にはなったが、“気になることがあったら直接聞いて”と尚行に言われたことを思い出し言葉を飲み込んだ。
「そういう過去もある程度吹っ切れたから青木くんのこと好きになったんだろうし、それは良かったと思うけど、もしまた同じような目にあったら今度こそ立ち直れない気がして、……でも青木くんは、そういうのもちゃんとわかってて尚のこと考えてくれてるんだな」
穏やかな表情から恭一がどれほど尚行を大切にしているか伝わってくる。どこまで信用して良いか、どこまで信用されているのかわからないが、まだ誰にも言っていない胸の内を少しで良いから恭一に聞いて貰いたくなった。
「……尚の過去はもちろん、俺も過去にいろいろあったせいでどうしてもあれこれ考え過ぎてしまう。それでも俺だって尚のことは大事だし、傷付けたくないし出来れば、この先もずっと一緒にいたいと思ってます。……でも後先考えずに気持ちだけで動けるほどお互いもう若くはないし、短い期間で築いてきた今の心地良い関係性を崩すのも、正直怖い」
十年付き合っても終わる時は一瞬で終わる。
だけど尚行と共に居るのは悠臣にとって最早あたりまえの日常だ。自分の選択一つでそれが失われるのはどうしても避けたかった。
「そうだね、わかるよ。……でも」
一度言葉を区切り、恭一は悠臣の反応を窺うと表情を消して呟くように言う。
「尚の方が、もっと怖いと思う」
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