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前進 (11)

「尚と莉子さん、ほんとにいい姉弟ですね」  莉子と初めて会った日、尚行と激しい言い合いをした後悠臣を睨み付けてきたことさえ今となれば微笑ましく思える。 「うん、おかげで吹っ切れたし、一人でうだうだ悩んでたことも案外後で何とでもなるってわかったよ」  そしてそんな二人を幼少期からそばで見守り、大人になった今も良い関係を継続し、更に今後は正式な家族として一生付き合っていける恭一が、ただただ羨ましかった。 「とはいえ青木くんと尚の場合だと悩む問題も違うだろうし、ましてや男同士で簡単に答えを出せなんて、言えるわけない。それでも最初につい付き合えばって言っちゃったのは、その方が自然に思えたから。だからあんまり気を悪くしないでほしい」 「それは、大丈夫ですけど……」 「それに尚のことを、過去も含めて全部背負えって言ってるわけじゃなくて、単純に二人とも幸せになってほしいから。少なくとも尚は青木くんに出会って変わった」  出会った頃の尚行はどうだっただろう。元々人懐っこい性格な上、音楽の趣味も似ていて気も合ったことから親しくなるのに時間は掛からなかった。すると次第に悠臣を試すかのように我儘を言い始めたが、受け入れて貰えるとあからさまほっとした顔をしていた。そしてお互いの過去を知った今、尚行は驚く程素直に甘えてくるし悠臣を気遣った言動をするようにさえなった。 「俺と出会ったことで、尚が良いように変わったならそれは光栄ですけど、むしろ尚と出会えて良かったのは俺の方です。……俺は尚に出会って救われました」  尚行と、Southboundの音楽と出会う前、東京で一人どんな生活をし、何を考えていかなんて今となってはもう、思い出すことも出来ない。 「……そう、それは良かった」  悠臣の真っ直ぐな言葉に少し驚いたような顔をした後、恭一は満足そうに柔らかい笑みを浮かべた。  深く追求しようとしない恭一の心遣いに悠臣は心の中で感謝する。自分の過去を恭一に話したくないわけではないが、誰彼構わず聞いて欲しいわけでもない。  尚行がわかってくれていれば、今はそれでいい。  今向き合うべきは尚行と他でもない、自分自身だ。  だけど今日、こうして恭一と二人で話が出来て良かった。問題解決には至らなくとも頭の中が少しクリアになった気がする。 「あと俺の方からこんな話題振っといて何だけど、尚としては今は青木くんに自分のことよりベースに集中して欲しいって思ってるみたいだから」 「だから好きなだけ悩めばいいよ」と続けた後、少し間を置いてから恭一は改めて正面に座る悠臣に真っ直ぐ視線を向ける。 「それで、青木くんに提案があるんだけど……」

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