80 / 110
決心 (1)
一週間後の土曜日、正午過ぎ、実家のリビングに置かれたベビーベッドの上でスヤスヤと眠っている小さな甥の姿を見ているだけで悠臣の広角は緩む。
「かわいいな」
自然と出た一言に隣に立っていた悠臣の妹、奈月は嬉しそうに微笑んだ。
「お兄ちゃんお昼ごはんは?」
「あぁ、軽く食ってきたから大丈夫」
「そう?じゃあ帰って来て早々で悪いんだけど、お父さんとお母さんが買い物行ってくれてる間にちょっと話したいことあって、今いい?」
「いいけど、何?大事な話?」
意味深な前振りに思わず身構える。
「うん、ちょっとね、とりあえず座って」
促されダイニングテーブルの椅子に座ると奈月はあらかじめ用意してくれていたコーヒーを悠臣の前に置いてから席についた。そして時間が勿体無いとばかりにすぐさま口を開く。
「お兄ちゃんて、今付き合ってる人いるの?」
「え?いや、特にいない、けど……」
深刻そうな口調から一転、予想もしていなかった質問に面食らう。同時にそう返事をしながら頭に浮かんだ人物のことを想って胸がざわつく。
「けど、付き合うかもって人はいるの?」
「……さあ、何とも言えない」
「その人と将来結婚て考えてる?もしくは、今じゃなくてもいつかは結婚しようって思ってる?」
「……結婚は、今は正直あんまり考えてないかな」
半年程前、転勤を機に将来のことを考え、良い出会いがあれば結婚を前提とした付き合いをしていこうと、当時は確かに思っていた。それが今では全く考えられないどころか真逆の道を進んでいる気がする。
「そうなんだ、……じゃあ、ここに帰って来る予定は?」
「ここって、実家?それも今のところ全く考えてないけど、……あ、もしかして奈月、実家に戻るつもり?」
察しの良い悠臣のおかげで少し緊張気味だった奈月の表情もようやくほぐれた。
奈月は結婚後、実家から車で約十五分程の場所にある賃貸マンションで今も暮らしている。
「うん、二人目も生まれたし、そろそろ持ち家をって話になって、最初は新築の一軒家かマンションで考えてたんだけど、今は元気だけどお父さんとお母さんのことも考えたら同居もありかなって」
「いいと思うけど、翔吾くんは何て?」
翔吾は奈月の夫で、今は上の子と二人で外出中とのこと。おそらく奈月と悠臣が落ち着いて話が出来るよう気を利かせてくれたのだろう。
ともだちにシェアしよう!

