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決心 (3)

 以前なら家族全員が揃った夜は外食が多かったが、生後一ヶ月の陽太を連れての外食となると気を遣うので今日は自宅での食事となった。  授乳中でお酒が飲めない奈月の代わりに翔吾が晩酌に付き合ってくれていたが、美結奈を寝かしつけるタイミングで一緒に寝てしまった。 「え、お兄ちゃんまたタバコ吸い始めたの?」  庭で一服してからリビングに戻ったところを、夫と子供たちの様子を見に行って戻って来た奈月に見つかり、冷ややかな視線を向けられる。 「せっかくやめてたのに」 「あー、ちょっと昔の習慣というか、最近またベース弾き始めたんだけど、ベース弾いて煙草吸って休憩してってのがワンセットじゃないとどうにもしっくりこなくて」  奈月の冷めた眼差しから逃げるようにダイニングテーブルの椅子に座り飲みかけだった焼酎グラスを手に取る。  煙草を吸い始めた理由を尚行にも聞かれ同じ返答をしたが、尚行は「わかる」と言って笑っていた。しかも元々喫煙者の尚行と一緒にいると、どうしても量も機会も自然と増えてしまっていた。 「え、……お兄ちゃん、ベース弾いてるの?」  だが奈月はまた煙草を吸い始めたことより、その理由の方が気になったようでその場に立ち尽くし驚いた顔をしている。そしてよく見たらリビングにいた両親も同じ表情を悠臣に向けていた。 「……まぁ、ちょっといろいろあって」  そんなに驚かれるとは想像もしていなかったが、悠臣がベースをやめた当時ことを思い返せばそれも当然かもしれない。 「いろいろ、……なんで?」  奈月は悠臣の正面に座ると真剣な眼差しで遠慮がちに聞いてくる。 「向こうでたまたま気の合うやつと出会って、ベース弾いてほしいって頼まれたから」 「頼まれたからって、……その、大丈夫なの?」  奈月が言葉を濁す。恐らくジストニアのことを聞きたいのだろう。中途半端に答えるよりしっかり話をしようと悠臣は姿勢を正す。 「はっきり言って影響はまだある。でも今更だけど治療も始めて効果はそれなりに出てると思う。何よりベースやめて六年、一度も弾きたいなんて思わなかったのに、そいつに言われて、そこまでしてやりたいって思えること自体が俺にとっては大きな変化だから、自分のためにも誘ってくれたそいつのためにも、もう簡単には諦めたくないんだよ」  尚行の顔を思い浮かべながら穏やかな口調で悠臣はそう言った。 「……そうなんだ、良かった」  声を詰まらせながら呟くように言った奈月をよく見ると両眼にうっすら涙を浮かべていた。

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