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決心 (5)

「お兄ちゃんて一見優しくて人当たり良さそうなのに結構頑固で人の言うこと聞かないところあるから、お兄ちゃんの心動かせたってだけでもあたしからしたらすごいなって思う」  以前大学時代の旧友、村上悟にも似たようなことを言われたのを思い出した。 「でも男同士だからこそ分かり合えるのかな。友情って大事だよねぇ、結婚して子供もいるとどうしても友達と会う機会も減っちゃうし大事にした方がいいよ。……あ、でも男の人はそうでもないか、翔吾なんて友達に誘われたら今でもすぐそっち行っちゃうし」  夫婦円満に見えてもそれなりに不満はあるようで、これまで自分の話を聞いて貰ったお返しだと悠臣は奈月の愚痴にしばし付き合う。とはいえどれも深刻なものでは無く、吐き出せばそれだけでスッキリしたようだ。時折両親も翔吾のフォローをして奈月を宥めてもいたし、これなら同居が始まっても上手くやっていってくれそうだ。  そんなことを悠臣が考えていると、一呼吸置いてから奈月は話題を変えてきた。 「……そういえばちょっと前に、沙織ちゃんに会ったよ」 「え……」  予想もしていなかった元カノの話題にさすがの悠臣も動揺した。 「あ、会ったって言うか見かけたが正しいかな、だから喋ってはないんだけど男の人と一緒に歩いてた。お兄ちゃんとはまた違う雰囲気の人だったけど、……沙織ちゃん、幸せそうに笑ってたよ」 「……そう」    それ以上は言葉にしなかったが、奈月が何を言いたいのか何となくわかる。  悠臣は沙織と別れてから誰とも付き合わなかったわけではない。相手から好意を持たれ付き合ってみたが結局長続きはしなかった。沙織に対する罪悪感というわけでもないが、十年付き合った相手を幸せに出来なかった後悔は悠臣の中に確かにあった。  きっと奈月は悠臣も幸せになってと言いたいのだろう。  自分にとっての幸せを改めて考えてみる。  理解してくれる恋人がいて、仕事としてバンドでベースを弾いて、他人からすれば羨ましい境遇だったと思う。だけどあの頃、悠臣の心が満たされることはなかった。そして自分の理想のままに生きようと決意した瞬間、全てを失った。  就職してからはそれまでの自分の人生が幻だったかのようにとりとめもなく平凡な毎日だったが、それで良いと、十分幸せだと思い始めていた。  この先、もっと幸せだと思える人生を送るために欠かせないものを一つ一つ思い浮かべてみる。  そろそろ心を決める時なのかもしれない。 「……あのさ、ちょっと聞いて欲しいんだけど」  顔を上げ、引き締まった表情で悠臣は父と母、そして奈月に向けてゆっくりと話し始めた……。

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