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決心 (6)
「もう帰るの?もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
翌日、昼食を済ませてすぐ帰る用意をしている悠臣を見て奈月は不満そうだ。
「俺も最初はそのつもりだったんだけど、帰る前にちょっと行きたいとこあって」
昔から悠臣は思い立ったら即行動しないと気が済まない性格で、もちろんそれをよく知っている奈月もこれ以上引き止めるつもりはない。
「なんか昔の、大学生の頃みたい」
「え?」
「あの頃のお兄ちゃんて、家にいる時は部屋でずーっとベース弾いてて、部屋から出てくるのはごはんの時くらいで、友達に呼ばれたら口では文句言いながらも顔は嬉しそうに夜中でもベース担いで出て行ってた」
「……俺、そんなだった?」
確かに大学時代はこっちの都合などお構いなしで呼び出してくるヤツがいたせいでよく夜中に出掛けていた。
「うん、今も同じ顔してる……」
そう言って奈月はまるで自分のことのように嬉しそうに笑った。
実家を後にした悠臣は最寄駅から電車に乗り、ドア付近に立って窓の外をぼんやりと眺めていた。生まれ育った見慣れたはずの地元の風景が、たった数ヶ月別の街で暮らしただけでもう懐かしいと思える。
悠臣は昨夜からの家族との会話を何度も思い返していた。
正直、家族はミュージシャンとして生きていたあの頃の自分にずっと、もっと無関心だと思っていた。インディーズでそこそこ成功していた当時は実家も出ていたし、家族と接触する機会はあまりなく、たまに実家に帰っても軽く近況を話す程度で深く話をした記憶はほとんどない。ましてや、両親が何度かライブを観に来てくれていたなんて、思いもしなかった。
『お父さんて若い頃にギターに挑戦してみたけど、難しくてすぐ諦めたんだって』
ついさっき、実家を出る前に奈月が話してくれた、悠臣の知らなかった父親の過去。だから父親はあの当時本当は誰よりも悠臣の成功を喜んでくれていて、だけど気恥ずかしいからとライブは奈月に頼んでこっそり観に行っていたらしい。そして悠臣がジストニアを発症し、ベースを辞めた時は、誰よりも落ち込んでいたのだと今更ながら知った。
――どうして俺はいつも、大事なことにすぐ気付けないんだろうな。
毎日当たり前のように見ていた地元の景色の美しさも、学生時代の思い出も、家族のありがたみも、十年付き合った恋人の不満も、気付くのはいつも後になってから。もう二度と取り戻せないものもある。
それに気が付いた今、どうしても失いたくないものは何か。
悠臣の乗った電車が目的の駅に到着した。
「……行くか」
ドアが開く寸前、そう小さく呟いてから顔を上げ悠臣は颯爽と歩き始めた。
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