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導き (6)

 直後の尚行の行動は実に素早かった。  悠臣の決意に両眼を潤ませながらスマートフォンを手に取るとすぐにメンバー全員に連絡を入れた。全員の都合が付けば今からでもスタジオに入る勢いだったが、生憎キーボードの歩が仕事で海外に行っていて不在とのことで今週の土曜日までお預けとなった。  仕方がないと納得はしていても顔は明らかに不満そうで、それなら「今から二人でスタジオ入るか?」と悠臣が提案すると尚行は一瞬目を輝かせたが、迷った末に「やっぱり全員揃った時で」と断腸の思いで甘い誘いを断った。    その後も終始機嫌の良い尚行はいつもより飲んでよく喋りよく笑っていた。おかげで午後十時を回った頃には珍しく眠そうにウトウトし始め、悠臣がトイレに行ったほんの一時の間に床に転がって眠ってしまっていた。  尚行は明日は仕事は休みで、自分の家に帰るのも歩いて五分もかからないし、何より気持ち良さそうに寝入ったところを起こすのもかわいそうでしばらくそのままにしておく。その間に明日仕事の悠臣は風呂に入り、テーブルを片付けて明日の用意まで済ませてもまだ尚行は目を覚ましそうになかった。 「仕方ねぇな」  悠臣の部屋にソファは無いしベッドはシングルサイズだ。どちらかがベッドで寝ると一人は床で寝るしかない。しかも掛け布団は一枚だけ。九月の下旬だから風邪をひく心配はなさそうだが念のため床に転がったままの尚行に布団を掛けてあげる。部屋の明かりを消して、そのまま悠臣はベッドへ、は行かず、少し間を空けて尚行の隣に横たわった。  ――雑魚寝なんて、大学生かよ。  心の中ではそう思いながらも頬は自然と弛む。  髪の毛が口に掛かっていて煩わしそうで、悠臣は手を伸ばしそっと払ってあげた。右手中指が尚行の頬に触れる。 「……人の気も知らないで」  無防備に眠る尚行を見ながらふいに口をついて出た自分の言葉に驚きつつも思わず笑ってしまった。  尚行が聞いていたら「お前が言うな」とむくれるだろうか。  それでも今はまだもう少しだけ、この居心地の良さに浸っていたい……。

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