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導き (7)
心を決めた勢いのまま行動に移してしまいたい気持ちもあったが、その時を待つ時間も悪くはなかった。
いつも通りの日常を送りながら改めて自分自身と向き合う。忘れることの出来ない過去と、変わり始めた今と、これからの未来。
失くしたものの大きさを初めて得たものが上回った実感。
迷いがないわけではない。
大切なものもまた失うかもしれない恐怖。それでも、失くさないために出来ること、やるべきこと。
何より大切だと思えるものに出会えた喜びが力になると今更ながら知った。
間違ってもいい、立ち止まってもいい。
その度に何度でもやり直せばいい。
二人一緒ならきっと、何度でも復活出来る。
そして約束の土曜日の夜、悠臣と尚行、そしてSouthboundのメンバー全員がバンド行きつけのスタジオに揃った。
「俺だけ知らなかったとか、マジで結構ショックなんですけど……」
それぞれセッティングをしながら啓太がずっとぼやいている。今日新しいベーシストと初顔合わせになることは知らされていたが、それが悠臣だとは聞いていなかった。仕事終わりに店から直接スタジオに来た尚行の機材一式と自分のベースを積んで尚行の車でスタジオにやって来た悠臣を見て啓太は目を丸くしていた。
「あー、最初に俺がみんなには黙っててって尚にお願いしてたからな」
弾ける確証がないから誰にも言わない約束だったが、バーで歩に知られ、治療を受ける関係で恭一にも話さざるを得なくなった。更に身内とはいえバンドメンバーではない莉子まで知っているのに、尚行以外で一番最初に悠臣と知り合った自分一人が何も知らなかったことが啓太は悔しくて仕方ないらしい。
「悠臣さんは全然気にしなくていいですよ、酷いのはこの人らなんで」
「啓太さんに言ったら騒ぐでしょ、絶対黙ってられないし静かに見守るとか出来ないから。尚さんにも啓太さんには絶対言うなって言われてたし」
「ひでぇー、いつものことだけど。でもこれはなぁ、みんな知ってんなら教えて欲しかったなぁ〜」
「啓太うるせぇ、時間ねぇからさっさとやれ」
いつまでもぶつぶつ文句を言う啓太を真顔で尚行が一刀両断する。
「……はい、スミマセン」
ちらっと尚行の様子を盗み見た啓太が表情を引き締める。
啓太が黙ったことでスタジオ内は各々セッティングしている音だけがやけに大きく響き、急に張り詰めた空気となった。
――緊張するな。
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