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導き (8)

 悠臣はこれまでスタジオ練習はもちろんライブでもあまり緊張するタイプではなかったが、この状況では無理もない。ベースを辞め、音楽から離れて六年のブランクが重くのしかかる。さらには六年ぶりに一緒に音を出す相手は尚行を始め、悠臣が今一番入れ込んでいるバンド、Southboundのメンバーだ。  上手く弾けるだろうか。  右手の中指はちゃんと思い通りに動いてくれるだろうか。  尚行や、みんなが納得してくれる演奏が出来るだろうか。  黙っているとついそんなことばかり考えてしまう。それでももう、ここまで来て今更逃げ出すわけにはいかない。    気持ちを奮い立たせ、顔を上げるとまず尚行と目が合った。いつもの飄々とした雰囲気とは全く違う、緊迫感を全身に纏った尚行に圧倒され更に緊張が増す。 「いける?」 「あぁ、……大丈夫」 「じゃあまずはうちの曲以外で、なんでもいいから悠臣のベースから始めて。……後はもういつも通り、最後までずっと好きなように弾いてくれたらいいから」  出会ってからこれまで見てきた中で、一番穏やかで優しい表情を浮かべて、真っ直ぐ悠臣の目を見ながら尚行はそう言った。 「……わかった」  ――好きなように、弾いていいのか。  “いつも通り”  尚行の前でベースを弾くのは今日が初めてなのに、まるでずっと一緒にやってきたかのような言い方で少し笑ってしまった。  ついさっきまでの緊張感は何処かへ行き、悠臣はそっと右手を弦に添えるといつも通り、自宅で一人弾いている時と同じようにリラックスした気持ちで最初の一音を繰り出す。  ジャムセッションの定番曲、ハービー・ハンコックの「カメレオン」のイントロに尚行は勿論、メンバー全員が当たり前のように音を乗せてきた。  全員の音が重なった瞬間の衝撃が悠臣の体中を駆け巡る。  ――なんでずっと、これから離れていられたんだろうな。  ここにいるみんなとは今日初めて音を合わせたのに、悠臣は不思議と懐かしい気持ちになった。  大切だった時間にも場所にも、もう戻れやしない。  浅野にも、もう会えない。  そんな世界で一時は生きる意味すら見失いかけた。実際、ベーシストとしての青木悠臣はあの時死んだようなものだ。  だけど、それでもこの世界を生きて来たから、悠臣は尚行に出会えた。  悠臣と尚行の視線が絡み合う。  瞳を潤ませながら楽しそうに口を大きく開けて笑うと尚行は悠臣と向かい合った。  初めてSouthboundを、尚行を見たあの日と同じように歪んだギターの音色が狭いスタジオ内に響き渡り、悠臣は思わず身震いする。  ――やっぱりこいつのギター、とんでもないな。    初めてこの音を聴いた日から悠臣の心を掴んで離さない。  不確かな未来で例えまた何かに潰されそうになったとしても、尚行と一緒なら、このギターを聴けばきっと、何度でも蘇る……。  

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