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確信 (1)
自宅に帰ってくると尚行はソファに座り煙草に火をつけた。
「腹減ってない?お前仕事終わってそのままスタジオ来たからまだ食ってないだろ」
冷蔵庫から取り出した缶ビールを手渡しながら悠臣は尋ねる。
「休憩時間に軽く食ったしあんま減ってないかな。なんか、食欲よりまだ興奮が勝ってる」
「そうか」
言葉通り頬を紅潮させ落ち着かない様子の尚行を見て悠臣からは思わず笑みがこぼれる。そして悠臣はそのまま尚行のすぐ隣に座り、同じように煙草に火をつけた。
「……悠臣のベースの音、まだ耳に残ってる」
目を閉じて、噛み締めるように尚行が呟く。
「正直、俺としてはまだまだだなって思うことばっかだったけど、まぁひとまず目標はクリア出来たかな」
序盤こそ付いて行けたものの、一時間以上弾き続けていると流石に他のメンバーとの経験やレベルの違いを見せつけられた。ただ幸い昔の様なジストニアの影響はほとんど感じられなかった。
「初めて合わせてあれだけ弾けりゃ誰もなんの文句もねーよ。あ〜早くライブやりてぇ〜」
「そういえばずっと疑問だったんだけど、尚は俺がベース弾いてた頃知らないのに、なんで弾けると思ったんだ?昔のバンドの曲聴いたとか?」
普段は日常の全てが適当でも音楽に対してだけは嘘の無い尚行が、ベーシストだったという過去だけでその音楽性も技術も何もわからない悠臣相手にベースを弾けと言ってきたことは、あまり尚行らしくないとずっと疑問に思っていた。
「いや、気にはなったし聴いてみようかとも思ったけど、悠臣がわざわざ言わなかったってことは、あんまり聴かれたくないのかなって思って、敢えて聴かなかった。それよりも、普段一緒にいる時の波長というか、悠臣の話し方のリズムとかテンポとかが心地良くていいなって思ってたし、何より好きな音楽がだいたい一緒だから合わないわけがないっていう、まぁ要するに感だな」
最後はそう言って笑っていたが、尚行の言葉が悠臣は素直に嬉しかった。
「……尚」
「ん?」
「ありがとう」
面と向かって改まった調子で礼を言われ、尚行は驚いて目を丸くする。
「……別に俺は何も、むしろ礼を言わないといけないのは俺の方だし。……悠臣の気持ちも考えずにあんな無茶苦茶なこと言って、なのに悠臣は責めもせずにこんなに頑張ってくれてそれでほんとに一緒にバンド出来るとか、マジで嬉しい」
今の気持ちをもっとちゃんと言葉にして伝えたいのに、上手く言えないもどかしさから尚行は顔を顰めているが、それでも十分過ぎる程、尚行の気持ちは悠臣に伝わっていた。
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