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確信 (2)
「俺は、尚にベース弾けって言われなかったらこの先一生ベースを弾かなかっただろうし、そもそも尚と出会わなかったら音楽を好きだったことも、昔の楽しかった思い出も全部、辛い記憶のままだった」
隣で静かに悠臣の言葉一つ一つを噛み締めるように聞いてくれている尚行に真っ直ぐ視線を向ける。
「またベースを弾き始めてから俺なりに音楽と、ベースと向き合ってみて、やっぱり俺にはこれしかないって改めて思えた。……全部、尚のおかげ」
そう言って悠臣がすぐ隣に座っている尚行の頭を撫でると、尚行の瞳が熱を帯びていく。ほんの数秒見つめ合った後尚行の顔がゆっくりと近付き、互いの唇が軽く触れてすぐに離れた。
「……悪い、つい」
尚行が俯いてそう呟く。
「つーか、なんで避けねーんだよ」
「え、俺のせい?」
眉を寄せ軽く睨みつけてくる尚行に悠臣は思わず笑ってしまった。
「なんかさぁ、悠臣最近やたら距離近くね?」
「……そうか?」
「だいたいこの前のアレなんなんだよ、何が“人の気も知らないで”だ。そっくりそのままお返しするわ」
「あー、あの時な、お前起きてたんだ。だよな、俺もそう思ったわ」
尚行が悠臣の家で寝てしまった月曜日の夜の出来事を改めて思い出す。
「布団掛けてくれた時に目覚めたけど、電気消されてすぐ悠臣が隣に来て、びっくりして起きるタイミング失ったんだよ、なのに、あんな……」
興奮気味に捲し立て再び悠臣を睨んだが、当の本人は穏やかな表情を浮かべていて尚行は早々に戦意喪失した。
「……つーか、さっきの嘘」
「嘘?何が?」
「さっきの、悠臣にベース弾いて欲しいって頼んだ理由、嘘っつーか、それもホントだけど本音はあの時も言ったけど、悠臣はもう忘れてるかもしれないけど、……悠臣のことが、好きだから」
少し声を震わせながら、それでも尚行は悠臣から目を逸らすことなくはっきり告げる。
「ベーシストだったって知るよりも前にもう悠臣のこと好きになってて、悠臣にベース弾いて欲しいけどこんな気持ちで一緒にバンドやるとか無理だよなとか、もちろんジストニアのことも、すげぇ考えたし悩んだ。……だからあの時、悠臣にまだベース見つからないのかって聞かれて、ついカッとなってあんな言い方して、……あの時はほんとごめん」
今にも泣き出しそうな尚行に驚いて悠臣は思わず姿勢を正す。
「……いやそれは、俺は別に気にしてないけど」
「俺はずっと気にしてたよ。マジであんな風に言うつもりなんかなかった。……だから今、仕切り直しさせて」
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