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確信 (6)

「うん、俺も同じこと思った。で、青木くんにも聞いてみたんだけど、初期の頃はボーカルの子と青木くんで主にアレンジを考えてたらしい。インディーズで売れてきてメジャーデビューの話が出始めた頃からプロデューサーが付いて、青木くんはアレンジから外れたって」 「なるほどね」  歩と啓太の声が揃った。 「その頃の曲のベースラインて単調なルート弾きが多くて、二人も今日合わせたからわかると思うけど、青木くんなら余裕で寝ながらでも弾けただろうな。それを、リハ中だけど思いっきりミスってバンドの演奏が止まったらしい。それから同じようなことが何度かあって、最終的にジストニアの診断を受けたって」  治療目的のために知り得た患者の情報ではあるが、歩と啓太には話して良いと、恭一は事前に悠臣に許可を取っていたのでありのままを二人に伝える。 「あれだけのセンスとテクニックがありながら全部封印してバンドのためのベースを弾いていたけど、自分でも気付かないうちにどんどんフラストレーションが溜まっていってたんだろうな」 「それで心より先に体が限界を迎えたと」  ついさっき、楽しそうにベースを弾いていた悠臣を思い出しながら歩は呟くように言った。 「そんな感じだろうなって思う。あと当時は、家にいる時はずっとベース弾いてたって言ってたから指を酷使し過ぎた結果かな」  恭一が概要を話し終えたところで、三人ともグラスが空いていたことに気付いた啓太がまとめて注文する。その間に歩は煙草に火を付け、白い煙と共に軽いため息を漏らした。 「ま、過去なんて人それぞれいろいろありますよね。……でも、もう大丈夫でしょ」  いつも理路整然とした物言いをする歩にしては珍しく含みを持たせた発言だなと恭一と啓太は少し驚いたが、言いたいことは理解出来る。 「さっきさ、スタジオで音出す前は青木くんも少し緊張気味だったけど、尚が好きに弾いてって言ったら笑ってたろ。普通は初めて音合わせるのに好きに弾いてなんて言われたらパニックになりそうなのに、あれで落ち着いたってことは、昔はよっぽど自分のやりたいことが出来なくて苦しかったんだろうなって思った」  スタジオでの尚行と悠臣のやりとりを思い出しながら恭一は穏やかな笑みを浮かべた。そんな恭一を見て啓太と歩も相好を崩す。 「好きに弾いてって言われてついて来れないようじゃ、うちのバンドでは通用しませんけどね」  歩らしい遠慮の無い発言の後、一呼吸置いてから歩は言葉を続ける。 「……尚さんのあんな、泣きそうな笑顔、俺初めて見ました」

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