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最終話・再生 (1)
今年は夏が思いのほか長く居座ったせいで秋らしい過ごし易い気候が少なく、十一月になっても日中はまだ暑いと感じる日が多い。それでも夜になればようやく日に日に寒さがまして、季節の移ろいを感じられるようになってきた。
「……昨日の夜はここまでじゃなかったのに、今日は結構冷えるな」
「あぁ、でもまだマシだよ。真冬はクソ寒いし真夏は夜でもクソ暑いし」
「だよなぁ」
悠臣が初めてSouthboundの路上ライブを観たのは丁度一年前の十一月。二度目は四月末で、夏前には前任のベーシストが脱退してバンドは活動を休止していたため今年の夏はSouthboundのライブは無かった。そのため真冬と真夏の路上ライブを観る側としても経験していない悠臣にとっては未知の領域だ。
「やっぱやめとく?」
尚行が挑発するような目つきをして言う。
「まさか、絶対やめない」
悠臣の返事を聞いて尚行は満足そうに笑った後、ふいに表情を引き締めた。
「……俺も、やめなくて良かった」
尚行の囁くような呟きに少し驚いて悠臣は尚行の方を向く。
「悠臣の初ライブ直前に言うことじゃないかもしれないけどさ、路上ライブなんてあっち側から見ればカッコ良く見えるかもしんないけど、実際には今言ったように環境は過酷だし苦情とかヤジもあるし、酔っ払いや変なやつに絡まれたり、良いことばっかじゃない。……でも、ここでしか見れない景色があって、俺はそれにずっと救われてきた」
どれも想像は付くが、尚行の口から路上ライブについての私見を改めて聞くのは初めてだ。
「それでもいつかは終わりが来るんだろうなって思いながら、せめてその日までは続けようって、そしたら、悠臣に出会えた。……だから、どうしても悠臣にこっち側からの景色を見せたかった」
正面を向いたまま、尚行は穏やかな表情を浮かべている。
尚行に倣って悠臣が前を向くと、見慣れた大通り前の広場では仕事の都合で遅れて来たドラムの啓太とキーボードの歩が大急ぎで機材のセッティングをしている。悠臣は啓太たちより更に向こう、尚行の言うところの“あっち側”に目を向けた。
「あれから、まだ一年しか経ってないんだよな」
悠臣はちょうど一年前、初めてSouthboundの路上ライブに遭遇した日のことを思い出す。
「それ、俺も今同じこと思ってた」
尚行は嬉しそうに笑みを浮かべる。あの日の偶然がなければ今こうして二人並んでこの景色を見ることはなかったかもしれない。
「……なんかさ、今日いつもより人多くない?」
「あー、なんか啓太が言ってたけど、昨日ライブ告知と一緒にしれっと悠臣の入った新しいアー写上げたろ?あれの反応がやたらと良かったらしい。あと約半年ぶりのライブだからかな」
前ベーシストが抜けてから表立った活動を一切していなかったSouthboundの突然の活動再開にSNSはざわついていたらしい。しかもライブ告知とアーティスト写真だけで新しいベーシストの情報が全く無かったため、その目で、耳で確かめようと想像以上に多くの人が足を運んでくれたようだ。
「……緊張してきたな」
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