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タイムスリップ(2)

「……ま、事故前に送るっつーことで」  そう呟くと、赤鬼は門の脇に立つ門番らしき厳つい鬼の元へ向かった。  ……まだ結論出してないのに。  でもそこまでのんびり付き合う義理は無いということだろう。  赤鬼が手に持っている紙を見ながら門番と何か会話している。  門番がこっちを一瞥し、頷いた。 「行くぞ」  青鬼が俺に言った。 「う、うん……」  門番の合図で扉がギギギギ……という重い音を立てながら開いた。しかし、その中は真っ暗闇で何も見えない。 「どうせ何も見えねえだろ。人間には見えねえんだ。現世に着くまでは目を閉じてろ、引っ張ってってやるから」 「うん……」  赤鬼の言葉に、俺は頷いて目を閉じる。すると、グイッと大きな手に腕を掴まれて、歩き始めた。 「──着いたぞ。目ぇ開けろ」  体感で1分もしないうちに赤鬼の声がして、目を開けた。 「え……?早いな」  そう呟くも、見回す前からこの場所は違うと直感で感じた。視線を巡らせ、それを実感する。  事故に遭ったのは舗装された道だったのに、ここは砂利道だし、周りの建物だって異なる。 「違う、ここじゃない。なんか変だ」 「当然だ。今は時を止めている。我々の姿を見られるわけにはいかんからな」  至極当然といった声色で青鬼が言った。  俺は頭を振る。 「違う!ここは俺が事故った場所じゃない!」 「そんなはずねえ!座標はここだ!時間も合ってる!」  赤鬼がダンッと足を踏み鳴らした。 「だって、合ってるならなんで道も周りの建物も違うんだよ!あんたたちだって見ただろ!?」 「……そういえばそうだな」  冷静な青鬼に俺は向き直った。 「でしょ?おかしいんだ。絶対にここじゃない」 「絶対に、ここだ!」  俺の胸ぐらを掴まん勢いで赤鬼が怒ってる。何でこいつはこんなに気が短いんだ? 「調べてよ、頼むから」  ここで帰られたら大変だ。青鬼に必死で訴えかけた。 「朱殷(シュアン)、ここで本当に合っているんだな?」  青鬼は赤鬼に問いかけた。イライラした顔で赤鬼は頷く。 「合ってるって、何回言わせんだ!さすがの俺様も怒るぞ!」  ……もう怒ってるじゃん。と思ったけど口に出さないでおく。  青鬼の冷静な尋問が続く。 「場所も、時間も、日付も合ってる、と」 「そうだっつーの!」 「年号は?」 「合ってる!」 「本当か?もう一度確認しろ」 「あぁ!?」  あからさまに嫌そうな顔をする赤鬼。  パラッと紙を広げて……。 「ん?」  眉根を寄せる赤鬼。  パラパラ、パラパラ。意味なくひっくり返したり裏返したりして、何度も紙を見返している。  青鬼がふぅ、と息をついた。  赤鬼は恐る恐る顔を上げて青鬼を見た。 「青黛(セイタイ)……やっちまった……」  赤鬼の顔色が心なしか青白く見えた。  その表情に、俺も不安が募る。 「なになに、何やったの!?」  すごく嫌な予感がする。  赤鬼はハッハッハと乾いた笑い声を立て、俺の肩をボンボンと叩いた。 「いたっ、なに?」 「数年ずれてた。悪かったな」 「す、数年?何年?」 「気にすんな!たいしたことじゃねえ!ハッハッハ!」 「たいしたことだよ!困る!何年ずれてんの?」 「寝てりゃすぐ過ぎ去るぜ!ハッハッハ!」  赤鬼は笑って誤魔化すだけ。  俺は青鬼に救いを求めた。 「何年?教えて!」 「我々にはほんのひとときだが、人間には……気の遠くなる年数、だろうな。これは朱殷(シュアン)にしかわからん」 「そ、そんな!」 「……では、我々は帰る」 「えっ、ちょっと!」  青鬼は踵を返すと何もない空間に扉を作った。  俺は必死で青鬼の腕を掴む。 「待って!置いてく気!?」 「約束どおり送り、生き返らせた。生を存分に楽しめ」  俺の手を払い扉を開けて入っていく。 「ちょっと!待ってよ!」  笑いながら後に続こうとする赤鬼の裾を掴んだ。 「ダメだ!2016年に戻して!頼むから!」 「あー無理だ」  笑いを止めて俺を見下ろす赤鬼。 「なんで?なんでだよ!」 「時空移動でおめえの気力はひどく消耗してる。今送ると、精神がバラバラになって廃人になっちまう。ここにいたほうがいい」 「嫌だ!お願いだ、置いてかないで。シュアン!」  覚え立ての名前を呼ぶと、赤鬼は目を軽く見開いた。 「参ったなぁ……」  頭をボリボリ掻く赤鬼。 「シュアン、お願い!」  ハーーッという長いため息をつきながら、青鬼が扉から出てきた。 「ならば、気力を溜めるがいい。溜まったのち、迎えに来よう。その朱殷(シュアン)がな」  ウゲッと赤鬼が呻いた。 「どっちにしろ、しばらくはここで過ごさないといけないってこと?」 「そうだ」 「気力はいつ溜まる?」 「それは個人差がある。ゆえに、断定は出来ん」 「目安みたいなのはわからないの?不安なまま一人ぼっちで過ごすなんて、俺死んじゃう!」 「……死んでくれたほうが迎えに来る必要がなくなるので助かるが」  青鬼の冷たい言葉に、プッと赤鬼が吹き出した。 「確かにそーだ。死んでくれていいぜ」 「酷い!閻魔様に言いつけてやるからな!」 「てめえのような善人は、閻魔様にお目通りが叶うはずない」 「叶ったじゃん!」 「あれは手違いだ!」 「また手違いあるかもしんないじゃん!」 「ねえよ!」 「ある!」  赤鬼と俺の攻防に、青鬼は呆れ顔で叱責した。 「どうでもいい問答をするな!無駄だ。……要は、約束を与えれば良いのだろう?朱殷(シュアン)、付けてやれ」 「ああ?あれかぁ?ったく、めんどくせー」  文句をブツブツ言いながら、赤鬼は俺の右腕を持った。俺の手首を軽く握るように親指と中指で作った輪っかで囲む。直後、その赤鬼の指の輪の内側からカッと火の粉が出た。 「熱っ!」  一瞬、手首が焼けそうなほど熱くなったが、幻のようにその痛みは消えた。  赤鬼が手を離すと、輪っかを作っていた部分に数珠のようなブレスレットが出現した。 「何これ……?」  綺麗な黄色の玉が連なるブレスレット。 「これは『気力秤(きりょくはかり)』だ。黄色は気力が零の状態、全て赤になれば気力満点って寸法だ。すげーだろ?」 「う、うん。すごい……」  若干半信半疑ではあるけど、一瞬でブレスレットを出現させた赤鬼の能力に感心した。  全て黄色ということは、俺の気力はゼロってことか。 「ありがとう、本当に。頑張って気力溜めて、迎えに来てくれるの待ってるから」 「お、おう」  赤鬼は頷いて青鬼をチラッと見た。青鬼は俺に近づくと、手をかざした。 「さすがに零では辛かろう。少し分けてやる。異種族の気力移しは過分にすると拒絶反応が起こるので、ほんの少しだが」 「あ、ありがとう。でも今全然元気だけど?」 「我らが去り、時が動き始めればわかる。よもすれば倒れる可能性があるだろう。しっかり足を踏ん張っておけ」 「うん、ありがとう、セイタイ」  青鬼も赤鬼と同様に目を見開く。人間に名前を呼ばれるのは珍しいことなんだろうか? 「ではな」  青鬼と赤鬼は扉をくぐった。 「ありがとう、シュアン、セイタイ。待ってるから!絶対迎えに来てな!」  ゆっくり閉じていく扉の隙間から、青鬼の苦笑の表情と赤鬼が肘でつつくのが、見えた。 「おめえ、珍しくお節介だな!おもしれー」 「お前こそ」  そんな会話が聞こえながら扉は完全に閉じ、消え去った。  シーーーンとした無音。無音すぎて逆に耳が痛くなる。……と、突然音の洪水に襲われた。 「うわっ」  思わず耳を塞ぐが、よろりとよろめいて膝をついた。  ……なんだか体に力が入らない。地面に両手をつく。自然と耳は慣れた。  それにしても、腕が力無く震えてる。寒いし、気持ちが悪い。  ブレスレットを見ると、水晶玉が一つだけ赤くなっている。青鬼が分けてくれた気力のおかげだろう。  それでも全然足りてないと感じる。  どうしよう。ここでこのまま座ってても気力が回復するとはとても思えない。それどころかどんどん具合が悪くなってる気がする。  フラフラとよろめきながら立ち上がると、そこにプップー!とクラクションを鳴らしながら車が迫った。  すんでのところで避けるが、足がもつれて塀に腕をぶつけた。 「いてっ!」 「あぶねーだろうが!気をつけろ!」  運転手がそう言い放ちながら車が走り去った。随分レトロなデザインの車だったなと思いながら見送り、ぶつけた腕を見てゾッとした。  少し擦って微かに血が滲んでいるだけなのだが、ジンジンとした軽い痛みが伴って、余計にこの世界に現実味をもたせた。  ……これまでは、頭の隅ではここは夢の中の世界なのだろう思っていた。地獄でのこと、閻魔大王や鬼たちとの関わりなど、現実では考えられない数々の体験。そのうち目が覚めて、ベッドの中で「あー長い夢を見た」と思い返すもすぐに忘れてしまう他愛のない夢。  そうなるだろう、そうなってほしいと思っていたが、どうやら違う。  これは現実。  サーッと血の気が引き、頭がガンガンと叩かれたような痛みを発する。  ふらふらとして手をついた電柱に書かれている町名と番地に、ここがかつての近所だったのだと思い知らされた。  やっぱり、ここは俺が事故った現場の何年か前の地。数年どころじゃない、ヘタすれば十数年、いや、数十年……?  とにかく記憶を頼りに自分の家の場所を目指す。  区画に大きな変化がないのが唯一の救いではあるが、建物の種類や高さがかなり違う。マンションが建っていた場所は平屋の家が建ってたり、コンビニがあった場所が小さな商店だったり。  言葉を発する気力もなく、ひたすらヨロヨロと歩き続けた。  ……そしてたどり着いた場所は。 「うそ、だろ……」  山だった。うっそうと木々が茂る山。  我が家……母親と住んでたマンションは影も形もない。  いや、マンションは無い可能性が高いと薄々予感していたが、隣接する大家さんの古い家くらいはあるのではと期待してた。しかしそれらしき家も無い。  一気に脱力感が襲ってきた。期待を胸に、なけなしの気力を振り絞って歩いてきたが、それも尽きそうだ。  右腕のブレスレットの水晶玉も、1個分蓄えてくれた青鬼の気力が水晶玉の半分くらいに減っている。  ……これが零になったらどうなる……?  寒い。本当に寒い。  奇しくも、ポツッと頬に落ちた雫。ポツポツと続けて落ち始める。  雨だ。こんな時に……!  ふらふらと再び歩き始めた。どこかで雨宿りしたい。出来れば家に入れてくれる優しい人がいるところへ。綺麗そうな家を探したい。  しかし雨粒は大きく、段々と激しさを増してきた。  ……駄目だ、どこでもいいからとりあえず雨宿りだ!  通りかかった家の軒先を借りる。建物自体は大きいが、かなりボロそうな家……というか、同じ窓が上下4つずつ並んでいるところを見ると、アパートっぽい。  ひとまず雨をしのげてホッとしたものの、体から力が抜けて座り込んだ。  大雨のためか、周辺に全くひと気がない。座っているのも辛くて、ズルズルと背中が滑り、横になった。  気持ちが悪いのを通り越して感覚が無くなってきてる。誰も通らないので、助けを呼びようもない。  このまま、死ぬのかな?……また?心の中で苦笑した。  不意に腕を揺すられていることに気づき、うっすら瞼を開けた。男だろうか?黒色のズボンの足元。顔を確かめたいのに見上げる力も無くて、再び瞼を閉じた……。 ──続く──

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